Chapter 906 グローバリゼーションの切り札

わたしたち人間だけが持っている言葉も、他の生き物が発する鳴き声も、ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という三つの音から発生した。
言葉にも鳴き声にも意味があります。
つまり、発する者の「想い」の発現に外なりません。
肉体が動くと意識が生じる。
五感が動くと「想い」が生じる。
動く世界、つまり、運動宇宙では、すべての物体に意識と「想い」が募る。
全体宇宙にも、星雲にも、恒星にも、惑星にも、衛星にも意識と「想い」がある。
惑星である地球にも意識と「想い」があり、地球上に存在するすべての鉱物・植物・動物にも意識と「想い」があり、従って人間にも意識と「想い」があるわけです。
人間だけが神によって魂や霊が授けられたわけではありません。
物体、つまり、動く物質にはすべて意識と「想い」がある。
物質、つまり、動かない物質は絶対性(静止一如=一元論)がその本質である故、全体一如である。
物体、つまり、動く物質は相対性(静止・運動=二元論)がその本質である故、全体と部分の区分けがあり、肉体が全体観(自己観)という意識を持ち、五感が部分観(他者観)という「想い」を持つ。
自己を感じる(観じる)のが意識であり、他者を感じる(観じる)のが五感であります。
五感とは五観に外なりません。
物体(動く物質)が存在する運動宇宙に意識と「想い」が生じる所以であり、運動宇宙のことを『運動の光と音(喧噪)の宇宙』と呼ぶ所以でありますが、厳密には、『運動の光と音と匂いと味と肌触りの宇宙』であります。
運動宇宙が映像宇宙である所以です。
五感(五観)で感知するものはすべて映像であるからです。
五感(五観)で感知するものはすべて過去情報であるからです。
夢を観る(見るではなく)と表現している所以は、夢は像・音・匂い・味・肌触りの合成映像に外ならないからです。
映像の中の一要因として音があり、音を言葉として捉えているわけですが、基本はア(A)・ウ(U)・ン(MN)の三つの音なのです。
映像の中の一要因として像がありますが、光を像として捉えているわけですが、基本は光の三要素である赤・緑・青であり、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七色可視光線なのです。
ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という三つの音で構成(合成=synthesize)されている言葉にも、鳴き声にも意味があり、発する者の「想い」の発現に外ならない所以であります。
わたしたち人間が喋る言葉も、鳥がさえずる鳴き声も、ライオンが吼える叫び声も、五感(五観)が発する「想い」の発現であり、畢竟、ア(A)・ウ(U)・ン(MN)の三つの音に収斂するのです。
プラス、つまり、誕生(静止始点)の「想い」がア(A)。
マイナス、つまり、死(静止終点)の「想い」がウ(U)。
ニュートラル、つまり、生(運動円周)の「想い」がン(MN)。
世界に二百の国家があり、数千の民族があり、五千種類の言葉があるから、差別・不条理・戦争の絶えない人間社会に成り下がっていますが、元を糾せばア(A)・ウ(U)・ン(MN)という三つの音、つまり、三つの「想い」に収斂するのです。
「お母さん」という単語が、五千種類ある言語でも「Ma(マ)」で統一されているのも、ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という三つの音に収斂されているからであり、「お茶」という単語も、五千種類ある言語でも「Cha(チャ)」で統一されているのも、ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という三つの音に収斂されているからです。
グローバリゼーションとは世界一国家を目差す考えですが、その前に、世界一民族、世界一言語が前提条件であるのです。