Chapter 907 言葉が悩みの原因

知性とは考える能力のことであります。
考える能力とは記憶装置の分散化であります。
コンピュータの脳にあたる中央演算処理装置(CPU=Central Processing Unit)には二つのタイプがあります。
CISC(Complex Instruction Set Computer)型コンピュータとRISC(Reduced Instruction Set Computer)型コンピュータです。
パソコンはCISC(Complex Instruction Set Computer)型コンピュータの代表格であり、スーパーコンピュータはRISC(Reduced Instruction Set Computer)型コンピュータの代表格であります。
演算速度を極大化するためにできるだけ単純な作業に圧縮した(reduced)のがRISC(Reduced Instruction Set Computer)型コンピュータであり、演算速度を抑えてもできるだけ作業を複雑化(complex)したのがCISC(Complex Instruction Set Computer)型コンピュータです。
スーパーコンピュータは演算速度の極大化を目差したものであるのに対し、パソコンは演算速度を抑えても誰にでも使用できる汎用性の極大化を目差したものである目的の違いが、二つのタイプを生んだわけです。
パソコンの脳は正に人間の知性の特徴を反映させたものと言えます。
記憶というプログラムの分散化・複雑化(complex)が図られた結果であり、大脳新皮質(New Cortex)という外部記憶装置と、大脳古皮質(Old Cortex)という本能を司る装置(制御装置)から指令を受ける身体の各器官という内部記憶装置とに分散化され、行動に移す前に判断をする、つまり、考える作業が介入する知性型生き物が人間です。
スーパーコンピュータの脳は正に他の生き物の感性の特徴を反映させたものと言えます。
記憶というプログラムの単純化(reduced)が図られた結果であり、大脳古皮質(Old Cortex)という本能を司る装置(制御装置)から指令を受ける身体の各器官という内部記憶装置だけ、つまり、反射神経的に行動する感性型生き物です。
人間の反射神経(運動神経能力)が、他の生き物の反射神経(運動神経能力)に比べて極めて低いのはこの違いがあるからで、知性が反射神経(運動神経能力)を下げていると言っても過言ではありません。
反射神経(運動神経能力)とは戦う能力、つまり、強さのバロメーターであります。
人類だけが何故知性を得ることができたのか。
それは極めて弱き生き物だったことにあるのです。
知性とは弱き生き物が生き残る術であったわけです。
記憶の分散化(複雑化)が知性の正体であったわけです。
記憶の分散化(複雑化)が、ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という単純な三つの音による「想い」の発露を、(ア・イ・ウ・エ・オ)(カ・キ・ク・ケ・コ)(サ・シ・ス・セ・ソ)(タ・チ・ツ・テ・ト)(ナ・ニ・ヌ・ネ・ノ)(ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ)(マ・ミ・ム・メ・モ)(ヤ・イ・ユ・エ・ヨ)(ラ・リ・ル・レ・ロ)(ワ・イ・ウ・エ・ヲ)(ン)という複雑な文字による「想い」の発露に変換させたのです。
知性が音の複雑化による言葉の誕生を促進させたと言ってもいいでしょう。
知性が「想い」の複雑化を促進させたと言ってもいいでしょう。
「心」とは複雑化された「想い」だと言ってもいいでしょう。
「心」=連想である所以です。
「想い」が悩みの原因ではなく、「想い」を複雑化(連想化)した「心」が悩みの原因であるのです。
従って、悩みが生じた時は、複雑化(連想化)した「心」を単純化させることが肝腎となります。
従って、悩みが生じた時は、複雑化した言葉を単純化した音にすることが肝腎となります。
“私は病気で苦しい”
複雑化した言葉です。
“私は病気で苦しい”→“私は”“病気で”“苦しい”→“病気”と単純化させると、“私は苦しい”が剥げ落ちる。
悩みの原因は“病気”ではなくて、“私は苦しい”にあることが判ってきます。
他の生き物には病気の概念はないが、病(やまい)の甲乙丙観念はあるから、反射神経的に病(やまい)の丙状態を察知して、病(やまい)の甲状態になるまでじっと待つわけです。
自然治癒力の発揮を待つわけです。
病気を治すのは医者ではありません。
病気を治すのは自分の身体が持つ自然治癒力です。
“私は苦しい”が悩みの原因であり、“私は苦しい”が病気を募らせる原因であり、“私は苦しい”が医者に行かせる原因なのであって、病気とは身体の状態が病(やまい)の丙状態にあるだけのことであって、寿命があればやがて勝手に病(やまい)の甲状態、つまり、健康に戻るのです。
ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という単純な音を複雑化した言葉が病気をつくり、言葉が悩みをつくっているのです。
病気になったら、悩みが生じたら、ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という単純な音に戻ることです。