Chapter 912 沈黙の音(Sound of silence)

夏の盛りの朝に聞く蝉の声は死の行進曲であります。
7年間地中で暮らしていた最後に7日間だけ地上に出て子供を産み、そして死にます。
鮭が子供を産むために、生まれた河上に戻り、そして死ぬのと同じ動作(行為)であります。
地球上の生き物すべてが持つ走性でありますが、宇宙論的に言えば、円回帰運動に外なりません。
死(終点)がまた新しい誕生(始点)になる動作(行為)こそが、母親(メス)の子供を産む動作(行為)であり、母親が息を吐く(息を引き取る)、つまり、“う(Uh)!”と飲み込む音で死ぬことにより新しい生命が誕生して、息を吸う、つまり、“おぎゃあ(Ogyah)!”という音を発する。
生き物が誕生するとき、ア(A)という音を発する。
生き物が死ぬとき、ウ(U)という音を発する。
ア(A)という音で生がはじまり、ウ(U)という音で生が終わる。
生は音の音(Sound of sound)の世界、つまり、映像の世界であります。
誕生・死は沈黙の音(Sound of silence)の世界、つまり、実在の世界であります。
音の音(Sound of sound)である言葉は、鳴き声・叫び声であり、産声であり、死声に外ならず、実在の世界、つまり、沈黙の音(Sound of silence)の世界に戻る死季(しき)に外なりません。
蝉が7年間の生の最後に7日間鳴くのは、蝉が己の死季(しき)を知っているからに外なりません。
肉体レベルと五感(想い)レベルだけで生きている他の生き物の寿命が一定である所以です。
意識レベルが加わった中で生きている人間だけが、寿命にバラつきがある所以です。
50年間の生の最後に50日間の死の行進曲が鳴る。
80年間の生の最後に80日間の死の行進曲が鳴る。
30年間の生の最後に30日間の死の行進曲が鳴る。
自己の死期(死季)を知ることができると主張する所以であります。
悟りを開いた人間は自己の死期を悟ることができると、昔から言われている所以であります。
十返舎一九は自己の死を花火を上げることで示したのは有名な話です。
ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という音が言葉の原点であります。
ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という音に敏感になることが、悟り・覚醒・愛の人生を送ることができる鍵であります。
意識が眠った人生では、音の音(Sound of sound)の世界、つまり、映像の世界を感知することができても、沈黙の音(Sound of silence)の世界、つまり、実在の世界を感知することはできないのです。