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Chapter 915 永遠不滅の魂は真っ赤な嘘!(死生観の本質) 運動宇宙を静止・運動の宇宙と捉えずに、運動一如の宇宙と捉えるから、自分の一生を誕生(始点)・生(円周)・死(終点)という円回帰運動と捉えずに、生(円周)一如と捉えてしまっている、わたしたち人間であります。 誕生(始点)と死(終点)があってはじめて円を描き切れるわけで、生(円周)だけの円などあり得ないのです。 運動宇宙を論じるには静止・運動を論じるべきであるのに、運動のみを論じるのは、始点と終点を論じずに、円周だけを論じるのと同じことであります。 アインシュタインは宇宙モデルをはじめは静止モデルとして捉えようとしたが、理論成立ができなかったので、膨張モデルと収縮モデル、つまり、運動モデルで捉えた結果、相対性理論を打ち立てた。 Gij(宇宙の曲率)=(8πG/C4)Tij(宇宙の総エネルギー量) 宇宙が膨張しているのか、収縮しているのかを示す有名な式です。 相対性理論は運動理論だけであって、静止理論は含まれていないわけです。 相対性理論は円周理論だけであって、始点・終点理論は含まれていないわけです。 相対性理論は生の理論だけであって、誕生・死の理論は含まれていないわけです。 円回帰運動は一生という最長形態から一瞬という最短形態の間に、1息・1秒・1分・1時間・1日・1ヶ月・1年といった無数の形態があり、1日という円回帰運動の中にも誕生(始点)・生(円周)・死(終点)があるわけで、朝が誕生で、昼が生で、夜が死と言い換えてもいいでしょう。 朝というのは眠りから醒めた瞬間(とき)であり、夜とは眠りに就く瞬間(とき)と言ってもいいでしょう。 朝眠りから醒める瞬間(とき)と、夜眠りに就く瞬間(とき)が、一日という人生の中で最も大事な瞬間(とき)であると主張してきた所以であります。 ところがわたしたちは自分の人生を生(円周)だけでしか捉えていないから、一日の人生でも生(円周)だけでしか、つまり、昼間でしか捉えずに、朝や夜の人生を無視し続けてきたのです。 人生における動作(行為)は、肉体レベル(睡眠行為)と五感(想い)レベル(本能欲である食欲・性欲に基づく行為と人為的欲である金銭欲・物質欲・権力欲・名誉欲・悟欲に基づく行為)と意識レベル(仕事的義務的継続行為と芸術的非義務的継続行為)の三つのシフトに分けられますが、肉体レベル(睡眠行為)の人生を人生だと捉えていないのです。 人生80年とすれば、その3分の1である27年間が肉体レベル(睡眠行為)の人生であるにも拘わらず、わたしたちは無視し続けてきたのは、誕生(始点)と死(終点)を人生と捉えずに、生(円周)だけを人生と捉える不可能なことをして生きてきたことに外ならないのです。 1日という円回帰運動では、夜眠っている人生が死の人生であるのです。 誕生(始点)つまりビッグバンによって朝眠りから醒め、死(終点)によって夜眠りに就くわけで、日々、誕生・生・死を繰り返しているのです。 死を未だ来ぬ未来のことと捉えるのは無知な人間のすることで、一瞬・1息・1秒・1分・1時間・1日・1ヶ月・1年・一生の中で、死を経験しているのです。 一生の縮図は一瞬・1息・1秒・1分・1時間・1日・1ヶ月・1年の中に垣間見ることができるのです。 悩み・四苦八苦の人生の原因は、人生を誕生(始点)・生(円周)・死(終点)の円回帰運動として捉えずに、生(円周)だけで捉えようとした錯覚にあったのです。 悩み・四苦八苦の人生の原因は、運動宇宙を静止・運動の宇宙と捉えずに、運動宇宙だけで捉えようとした錯覚にあったのです。 悩み・四苦八苦の人生の原因は、人生を沈黙・音、つまり、ア(A)・ウ(U)・ン(MN)という沈黙の音(Sound of silence)で捉えずに、人間が聞くことのできる音、つまり、言葉である音(Sound of sound)だけ捉えようとした錯覚にあったのです。 音の世界は、可聴音波(audible)の音(Sound of sound)だけではなく、不可聴音波(inaudible)の沈黙の音(Sound of silence)の方が広大無辺の世界にあることを忘れてはいけません。 人生とは、生を論じると同時に誕生・死も論じなければならないのに、わたしたちは生きている間のことだけを論じ、誕生・死のことを論じず、挙げ句の果てに、誕生前つまり前世と、死後つまり後世、平たく言えば、在りもしない“あの世とこの世”の区分けをして輪廻転生などといった本末転倒の考え方に染められてしまったのです。 静止した物質が動くと物体になる。 絶対静止宇宙でも物質はあり、全体運動宇宙では動く物質つまり物体になるだけで、永遠不滅性とは絶対静止宇宙(実在宇宙)と全体運動宇宙(映像宇宙)を貫くことを意味している点においては、肉体(物質)は永遠不滅ですが、魂は物体つまり生きている間だけの肉体に宿る一時的なものです。 熱力学第一の法則である「エネルギー保存の法則」はこのことを示唆しているのであります。 般若心経の「不生不滅・不垢不浄・不増不減・是故空中・無色無受想行識・無眼耳鼻舌身意・無色声香味触法・無限界乃至無意識界・無無明亦無無明尽・乃至無老死亦無老死尽・無苦集滅道」は“悩み・四苦八苦する人生は魂(意識)があるからで、魂(意識)など生きている間だけのものであり、死ねば消えてなくなるものだ”と言っているのであります。 |