Chapter 919 高度情報化社会と高度自由社会

他の生き物はみなスーパーコンピュータの機能を有しているのに、人間だけがパソコンの機能しか有していないから、自分たちの産みの親である母なる大地・地球の微妙な動きを察知できないで、自然災害(天災)の憂き目に遭う。
高度情報化社会になると、人間はますますパソコン化し、ますます自然災害(天災)の憂き目に遭うことになるわけで、地震・台風の大禍が昨今急増しているのはその兆候であります。
地球が変わったわけではなく、わたしたち人間が変わっただけのことであることを自覚しなければなりません。
スーパーコンピュータとパソコンの機能の違いは先に説明しましたが、要するに、複雑化(細分化)の程度の差であります。
複雑化(細分化)とは量的志向の為せる業であります。
単純化(画一化)とは質的志向の為せる業であります。
スーパーコンピュータは速度性能(単純化)を重視した質的志向のコンピュータであるのに対し、パソコンは多様性能(複雑化)を重視した量的志向のコンピュータであるわけです。
インターネットはパソコンの多様性によって可能になったわけで、複数のコンピュータを繋げるネットワーク(Net work)機能のお陰で高度情報化社会が可能になったのです。
スーパーコンピュータは飽くまで個別の機能、つまり、個性を重視したスタンド・アローン(Stand alone)機能のコンピュータであります。
現代人の没個性化の原因の一つがパソコンによる高度情報化社会にあることは間違いありません。
コンピュータには機械言語とプログラム言語の二つのコンピュータ言語(Computer Language)があります。
機械言語はアセンブラー(Assembler)という言語であり、プログラム言語はフォートラン(FORTRAN=Formula Translation)・コボル(COBOL=Common Business Oriented Language)・PL1・ベイシック(Basic)・C言語といった発展を辿ってきて、現在ではC言語が中心になっていますが、要するにプログラム言語はコンピュータ・ソフトウェアーと人間の間の言語であるのに対し、機械言語はコンピュータ・ソフトウェアーとコンピュータ・ハードウェアー(機械本体)との間の言語であり、言い換えれば、コンピュータと母なる大地・地球との間の言語が機械言語であり、コンピュータと人間の間の言語がプログラム言語であります。
機械言語がア(A)・ウ(U)・ン(MN)という三つの基本の音の不可聴音波(inaudible)である沈黙の音(Sound of silence)がベースであるのに対し、プログラム言語が(ア・イ・ウ・エ・オ)(カ・キ・ク・ケ・コ)(サ・シ・ス・セ・ソ)(タ・チ・ツ・テ・ト)(ナ・ニ・ヌ・ネ・ノ)(ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ)(マ・ミ・ム・メ・モ)(ヤ・イ・ユ・エ・ヨ)(ラ・リ・ル・レ・ロ)(ワ・イ・ウ・エ・ヲ)(ン)という可聴音波(audible)の音(Sound of sound)の言葉の音がベースになっているわけです。
速度性能(単純化)志向のスーパーコンピュータの言語は機械言語であり、多様性能(複雑化)志向のパソコンの言語はプログラム言語であると言っても過言ではない。
多様化(複雑化=細分化)すればするほど、悩み・四苦八苦が増えるのは当然であります。
高度情報化社会とは量的生き方の四苦八苦社会と言っても過言ではない。
高度自由社会とは質的生き方の四苦八苦から自由になる社会のことであります。