第十章 決闘

「悪いのは親父の李生成であることは本人も認めている。フツには悪いことをしたと言っていた。だが母親を殺した訳ではなく、フツシが産まれた際に母体がもたなかったのだ。それほどにフツシを産み落とすのは大変なことであったらしい。母親も亡くなる間際にフツシは偉大な男子に必ずなる、その為に自分の命は尽きると親父の李生成に遺言した。だから末子相続に従って、それまでアメかクニが、つまりわしのことだが、相続者だと思っていたが、フツシの誕生で気が変わり、高句麗の大王にフツシを育てようと決めた。ところがフツが連れ去ってしまった。最初は徹底的に探し出そうと思ったがフツの気持ちを考えて諦めたのだ」
自分の母親を殺した李生成は親の仇敵と思っていたのに、実の親だったことをズガから聞いたフツシは驚いたが、それ以上にフツのことを不憫に思った。しかしズガとは同父同母の完全な兄弟であることも間違いない。
「わたしの父はフツ以外考えられない。今後もそのつもりで、親父どのと共に母の仇敵を討つつもりだ」とフツシは宣言した。
ズガもそのことを納得した。
「それが正しい道だとわしも思う。しかし、わしの進むべき道も定められておる。むざむざと仇敵一族として討たれる訳にはいかない。堂々と戦おうではないか。だが下賎のオロチ兄弟の悪行が原因などで兄弟が殺し合うのは本意ではない。フツシはそう思わないか?」ズガはフツシに問いかけた。
「わたしはイナダ姫を妻にしたいと思っている。そのイナダ姫を差し出せと言われたら戦うしかない」とフツシは毅然と言った。
「イナダ姫を差し出せと言ったのはキガとエガだ。それではフツシよ、キガとエガとの決闘をしてはどうか。わしが取り計らう」とズガが提案した。
「フツの恨みに対するけじめは、その後のこととしようではないか。それで如何かフツよ?」とズガに言われてフツは複雑な想いであったが、ズガの言うことは道理が通っている。
「それでよい。さすが我が妻の産んだだけのことはある。わしの子としてフツシの兄であってくれたら・・・・」と言いながら、フツは言葉に詰まった。
フツシもズガもフツの想いを考えると心が痛んだ。
李生成はふたりにとって実の父親だが、権力を持つ者の不条理さに怒りを憶えると共に、人間の飽くなき欲望が罪をつくり、人間同士が憎しみ、殺し合う。生命体として一番進化した人間が、実は一番愚かな動物であるかも知れないとふたりは思った。
キガ・エガとフツシの決闘の日がやってきた。
決闘の場所である木次の守屋には、出雲の住民が集まった。
決闘が始まる前に、ズガがみんなに言った。
「この決闘は、どちらがイナダ姫の夫となるかを決めるためのものである。勝負はその時の運。イナダ姫の気持ちを無視して男の勝手だけで決めるのも理不尽であるから、勝負が決した後、最後に決めるのはイナダ姫であることを申し渡す。従って、この決闘は勝手な男同士の醜い欲のぶつかり合いである!」
この言葉を聞いたクシはズガの器量の大きさに感嘆すると共にイナダに対する配慮に感謝した。
勝負は最初から明白だった。キガとエガは恐ろしさでまともにフツシに対峙できないで震えている。
フツシが刀を彼らに向けた途端、ふたりは逃げ出した。
フツシは敢えて追うことはしなかった。
他のオロチ兄弟もただ黙って見ているだけだったが、フツシとズガに対する憎しみはますます大きくなっていくのであった。