第十一章 フツの死

フツシとキガ、エガとの決闘の後しばらくは平穏な時が過ぎたが、それは次にやってくる嵐の前の静けさだけであった。
横田のクシの館ではフツシが、父親フツの心の傷を癒してやることに腐心していた。フツの妻である母が李生成によって殺されたのではなく、フツシを産んだ時に死んだということが、フツの心の傷を砂で擦るような仕打ちに結果的になった。
あれ以来、フツが寡黙になっていくのを見るのがフツシには一番辛かった。
埋めることの出来ない男と女の深い、暗い業という溝が、フツの心を夢遊の中で翻弄した。
他の男が自分の女を陵辱する、如何に辛いことだろうと、陵辱された自分の女を不憫に思うほどに女は傷ついていない。そして、その仕打ちをしているのが、自分と同じ男であるという因果が男と女の業であり、この世の中に男と女が存在する限り、この因果応報は終わることがない。
いっそのこと、雄と雌の関係になった方が、ずっとましだ。
男が雌を女と認めたときから、終わりのない苦悩が始まる。
女が雌から女と見なされたときから、男を食い物にし始める。
陵辱された女が、陵辱した男を傷つける。本当は男が自分を傷つけているだけであることに気づかない。これほど罪に対する大きな罰はない。
フツシは、この世に男と女が存在していることを恨みに思った。
その時以来、フツの心の中から女の存在が消えてしまった。
「あの日以来、親父どのは、自分にも心を閉じてしまった。自分が親父どのの実の子ではないことを知っていたのに。そしてその事実を初めて知った自分は、正直言って心の傷はない。何故だろう?」とフツシはクシにポツリと洩らした。
「それが感情と言うものでしょう。男だけの世界だったら、すべて理屈で解決できる。ところが、そこに女が入って来ると感情の方が強く心に作用して、理屈が通らなくなってしまう。その落差が解決不可能な問題を作ってしまうのです。いっそのこと雌の動物として接触した方が男には楽なものです。オロチの兄弟等は女を人間と思っていない。雌だと思っているから、あんなことを平気でできるのです。しかも罪意識はまったくない。どちらが幸せなのか、最近のフツさまを見ていると、つくづく思います」
今まで、出雲の女をさんざんオロチ兄弟の餌食にされてきたクシだ。オロチの館には略奪された女たちが、今でも一杯囲われている。そして子供を産まされている。男だったら自殺するだろうと思う。しかし女たちは、そういう環境の中でも逞しく生きていて、楽しんでいるように思える。それが男には到底理解できないが、雄になりきると理解出来る。
雄と雌の人類という動物が、男と女という人間になったときから、人間の世界は修羅の世界から地獄の世界に変わってしまった。
修羅の世界は本能の世界だが、地獄の世界は心の世界だ。
フツは地獄という心の世界を彷徨よい、徐々に彼の肉体まで蝕まれてきている。そして、ついに、フツは病に臥した。
人間は生きる意志が弱くなると、簡単に体は弱っていく。
そして生命エネルギーが枯渇するのには、さほど時間はかからなかった。
半年後には、見るも無残なほど、痩せ衰えて、死は間近に迫っていた。
この話を聞いたズガは心を痛めた。
「自分が真相を言ったために、フツをここまで追いやったのだ」
フツシにポツリと洩らしたズガに、
「わたしも女の存在を疎ましく思うようになってしまいました」と答えた。
そしてフツは死んでいった。
フツの苦痛に満ちた死顔を見たふたりは、
『これが、地獄に落ちた人間の顔だ』と思うのであった。