第十二章 須佐之男

フツの苦渋に満ちた死顔を見たフツシは、実の親である李生成と、彼を産んで死んでいった母親に対しての憎しみを増大していった。
『いつか、必ず親父どのの無念を晴らしてやる!』と思ったフツシは、この出雲の地の大王になることを心に誓った。
そして、出雲を離れて安芸の国にしばらくの間、身を潜めることにした。
安芸の国は出雲に比べ、穏やかな瀬戸の海に面し、瀬戸の海は死国島との間の内海で、多数の島々が点在した。フツシは、その中の大三島と呼ばれる島に落ち着いた。
大三島は向こう岸の死国島との距離が狭く死国島の岸が見える。大三島の住民たちの話では、死国島はその名の通り、死の国で白い肌の青い目をした野蛮な人種が住んでおり、死国島に行くと二度と帰って来られないと恐れられていた。
安芸には、クシの弟のヒコが昔から住んでおり、フツシの面倒をクシから頼まれてみていた。
実はオロチ一族に騙し討ちに合って殺されたイナダ姫の許嫁の大海祗はヒコの子で、イナダ姫とは従兄妹の関係だった。父の大山祗に連れられ越の国から出雲にやってきたクシ、ヒコ兄弟は、クシが出雲の長になった時に、ヒコは安芸の国に移ったのだ。安芸の国は、そもそも悪鬼(アキ)の国と呼ばれて、向こう岸の死の国から青い目の野蛮人がやってきては暴れまわり、暴行、略奪の限りを尽しては死の国に引き上げていく、死国の青い目の野蛮人の餌食の対象にされていた。
『まるで、出雲のヤマタのオロチと同じだ・・・』とフツシは思った。
フツシは死の国の突端にある海張(アマバリ)の地に最も近い大三島に要塞を築き、青い目の野蛮人が安芸に上陸する前に、叩き潰す戦略を考え、大三島に拠点を置いたのである。
「こんど、奴らがやって来るのはいつか?」とヒコに訊いたフツシは、彼らは必ず大三島に寄ってくると読んでいた。
大三島はフツシが住みつくまで無人島であったが、天然の要塞になっており、死の国の野蛮人が寄るところは唯一の砂浜のあるところだったから、その砂浜を囲むように要塞の出入り口を造っておいた。
いつもの通り大三島に寄って休息をとっていた彼らの背後を、フツシに率いられたヒコに仕える30人の選りすぐった兵士が奇襲をかけた。
野蛮人たちも30人ほどいたが、無人島だと思って油断をし、酒を飲み気勢を上げていた背後からフツシに襲われた。
敢え無く捕らえられた野蛮人たちをフツシは殺さずに要塞の中に閉じ込め、死の国の様子を彼らから訊こうと考えた。
「お前たちの国の人間は、我々とまったく顔立ちが違うが、どこからやって来たのか?」しかしフツシの言葉がまったく通じない。
ヒコが間に入って通訳をした。
彼らはフツシの顔を見て、「スサノオ、スサノオ」と叫び、怯えている。
「あなたのことをスサノオだと言って恐れています」とヒコが答えた。
「スサノオとはどういう意味だ?」と訊くと、
「鬼のことを彼らはスサノオと呼んで、彼らにとって最も怖い存在のようです」
ヒコから聞いたフツシはその時、スサノオという名が気に入ってフツシから須佐之男と名を変えたのだ。
フツシという名は父のフツをどうしても思い出し、心が痛む。
「わしの名は本当に須佐之男だと言う」と彼らに伝えると、白い顔が真っ赤になったり、真っ青になったりして怯えた。
「これから、大三島の赤鬼、青鬼を退治する須佐之男になる」と宣言し、死の国を必ず攻め落とすことを誓った。