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第十三章 死国 嘗て、死国は罪人が流される島であった。 現代では、太平洋が大海の中心的役割を果たしているが、それは19世紀に入ってアメリカで起きたゴールドラッシュからで、東部中心に住んでいたアメリカ移住者が西へ西へと移動し、太平洋を発見したからである。それまでは、インド洋が世界の海の中心であった。大西洋はインド洋への海路でしかなかった。 日本列島においても現代では、太平洋が表で日本海が裏側のようになっているが、19世紀以前ではユーラシア大陸の極東地域に面している日本海が玄関であった。 死国は、まさに裏側の国だったのである。その中で土佐の国は僻地であり、阿波の国は大阪湾に面した大和への窓口的存在で伊予の国が九州の中心、西都原への窓口となっていた。 死国山脈が土佐の国を僻地にしてしまい、そこに多くの罪人を流した。 ところが、須佐之男が死国に目をつけた頃、ひとりの英雄がこの忌むべき死国に一点の明かりを灯した。その名は稲飯(イナヒ)と言い、日本列島の第四番目の重要な島にして、死国という忌むべき名を四国に変えた英雄である。 稲飯が最初に阿州の倭の国を阿倭の国としたことから阿波となったのであるが、阿州の倭という国、すなわち魏志の倭人伝で当時すでに日本のことを倭の国と呼んでいたことから、阿州の倭の国が日本国を代表していたと考えられる。 その倭の国をつくったのが稲飯である。 須佐之男は稲飯の住む阿倭の国に行ってみたくなり、海張から東の阿倭へヒコと30人の戦士を連れて向かった。 そこには、出雲の簸川と良く似た川が海に添って阿倭の国へと流れ、そこから瀬戸の内海に流れ出ていた。 西から東への海伝いの景色はまさに、出雲から丹を経て越の国に行く、当時の幹線路そのものだった。 しかも、阿倭への道も立派に整備されており、伊予から阿倭の四国の内海側の西端から東端まで、稲飯によって見事に開発されていた。 須佐之男は稲飯の偉大さを目の当たりに見て、当時の日本の中心地であった出雲に匹敵する、あるいは出雲をも凌ぐ死国にますます関心は高まっていくのだった。 阿倭の国に着いた一行は更に驚いた。出雲の木次が最も開けた所と思っていたが、阿倭の内海に面した淡(たん)という中心の村は木次を遥かに凌ぐ所で、そこから、内海一の大きな島が目の前に見える光景は、出雲から壱岐の島など実にちっぽけなものに見えた。 淡と呼ばれていたことも、丹の国と同じ呼び名であることに親しみを感じた須佐之男だったが、その大きな島の名を淡の島と名づけたという稲飯という男に、何か因縁があるような予感を覚えた。 「稲飯という男は、立派な男のようだが、やはり白い肌で青い目をしておるのか?」と須佐之男はヒコに訊いてみた。 「聞いた話では、そのようです。ただ大三島で退治された連中とは違って肌は白くて目は青い同じ人種ではありますが、立派な人物だそうです」 「それでは、まるで出雲のヤマタのオロチとわしとの関係とそっくりではないか。稲飯もいずれは、悪行をする阿倭のヤマタのオロチを退治するつもりなのだろうか?」 須佐之男はますます、稲飯という男に会ってみたくなるのだった。 『ひょっとして、裏の国と思われていた土佐の国に、既に太古の昔、南洋民族が移り住んでいたのかもしれない』須佐之男は稲飯という男はその首領ではないかと思った。 しかし、まったく予想は外れた。 阿倭の国の淡で須佐之男は稲飯と会った。 稲飯の顔を見た途端、須佐之男は『エエッ!』と思わず叫ぶほど驚いた。 しかし、稲飯は落ち着いた顔をして笑っていた。 このふたりの出会いが、その後の日本という国が倭と呼ばれ、そして大和(おおやまと)と呼ばれる一方で、日の本の国と呼ばれる遠因になるのである。 |