第十九章 築の国

須佐乃男が築の国に上陸したのは、出雲を出帆してから3日後だった。築の港である大佐野に三百の騎馬隊を率いて上陸しようとした須佐乃男は、港にいる大勢の女性の姿を見て驚いた。
その女性たちの真ん中に一際大柄な女性が立っていた。
『貴巫女に違いない!』と須佐乃男は直感したが、どうして自分たちが、築の国にやって来ることが事前に分かっていたのか不思議に思った。
船を降りると、貴巫女と思しき女が前に出て来て須佐乃男に挨拶をした。
「よくぞ、出雲の国から、我が国へおいでくださいました。心から歓迎いたします」
「そなたが、この地を統治する貴巫女なる女王であるか?」と須佐乃男に訊かれたその女性は微笑みながら答えた。
「貴巫女さまは、このようなところには来られません。わたくしは天宇受売(アメノウズメ)という貴巫女さまの下女でございます。貴巫女さまから、須佐乃男さまを、お迎えに行くように仰せつかりました」
「何故、貴巫女は、わしがこの地に来ることを知ったのであるか?」と訊く須佐乃男に、宇受売は平然と答えた。
「死国の稲飯どのから聞いておりました。稲飯どのは、必ず須佐乃男どのが1年以内に築の国からやって来ると言われていました」
「稲飯どのが、そう言ったのか?」と怒った須佐乃男の表情を察して、宇受売は慌てて言った。
「稲飯どのは、『須佐乃男どのは、いずれ西都原をも治めるお方であるから、決して争うことなどしないように』と貴巫女さまにおっしゃられたのです。稲飯どのは、確かに貴巫女さまの父君の伊謝那岐さまとは戦をされ、死国に去られましたが、貴巫女さまは稲飯どのを非常に大事にされて、とても友好的な関係でございます」
『これは、甘く見たら、えらいことになる』と須佐乃男は思った。
「そうであったか。それは誠に殊勝なことであった」と言いながら、宇受売の様子を伺ったが、なかなかいい女だと思った。
「貴巫女さまがいらっしゃる西都原は、この築から5日かかります。すぐに行かれますか」と微妙な笑いをしながら聞いた宇受売の表情を見て須佐乃男は答えた。
「しばらく、ここで休息を取ってからにしよう」
それから須佐乃男の一行が築の地に逗留したのはひと月以上で、三百の騎馬隊は完全に戦闘意欲を削がれてしまった。
しかし、須佐乃男は役者が違う。罠だと知りながらも敢えて敵の懐に入った。
逆に宇受売が須佐乃男の術中に陥って、このひと月の間に西都原の状況をすべて吐いてしまった。
宇受売の話だと、貴巫女はさすがに女王になるだけの器量がありそうで、しかもみんなから慕われている。
そして日向の国の兵士は勇猛果敢で、貴巫女の為なら命を落とすことも厭わない者たちであった。
支配者としての、大事な資質であるカリスマ性を貴巫女は女でありながら持っている。
「そろそろ、対面とするか」須佐乃男は宇受売に指示した。
「わたしをどうなされるおつもりで?」宇受売は心配そうに訊いた。
「女としては、貴巫女よりそなたの方が、魅力がある」と言う須佐乃男の顔を見つめて、宇受売は顔を赤くした。
『女はこれが一番よい』須佐乃男の女性観であった。