第二十二章 牛王・須佐之男

西都原の中心にある貴巫女の館は竜宮城と呼ばれていた。
貴巫女のまわりで世話をするのはすべて巫女たちで、宇受売がその首座に就いていて、築の国まで、須佐之男を出迎えさせたのも、貴巫女の計らいであった。
男女の関係は、竜宮城では女性優位で、女性が男性を選び、その相手をさせる慣習であったから、宇受売が出迎えに行ったら、須佐之男を相手にするだろうと思っていたが、自分の弟だから気にしていなかった。
しかし、須佐之男を見た途端、貴巫女も男性として相手にしたい欲望が沸々と湧いてきて、その後も宇受売と仲良くしている須佐之男のことが気になって仕方なかった。
三百騎の兵士も竜宮城の媛たちを連日相手にして、須佐之男を含めて男性社会で生きてきた彼らにとっては、まさにハーレムであった。
しかし、竜宮城の媛たちにとっては、彼らの方が奴隷であり、媛たちが主人であり、自分たち思いのままになると思っていたから、時が経つにつれて不協和音が生じてきた。
ただ、宇受売だけは須佐之男が主人・貴巫女の弟であることもあって、主人として仕えていたから問題はなかったため、微妙な変化に気がつかなかった。
ある日、兵士と媛との間で問題が起きた。
兵士が媛を殺す事件が起きたのだ。
貴巫女と須佐之男の前に、媛を殺した兵士が引き出され、貴巫女が問い糾した。
「一体、いかなる理由で殺すことまでになったのです?」
「自分を愚弄することを言ったからだ!」と兵士が答えた。
「愚弄するとは、どんなことを言ったのですか?」
「弱いと言ったのだ。戦う兵士が弱いと言われるのは、死ねと言われたのと同じだ。死ねと言われて、死ぬ訳には行かぬから、殺したのだ」
「男という者は、すぐに殺す、殺されるとわめくようですが、それなら一体如何なる想いでその女を抱いたのですか?愛しいと想って抱いたのではないのですか?」
『貴巫女は鋭い質問をする。狩猟民族として生きてきた我々には理解しかねることだが、理屈は通っているし、女王であるのに、実に謙虚なしゃべり方をする。我が姉としても誇りに思える。本来、国を治める者はこうでなくてはならない』と須佐之男は感心した。
「その時は愛しいと思ったが、男としての誇りを傷つけられると別の話だ」
「あなたは、女を抱いている時も男の誇りを持っているのですか?」
ますます、鋭い質問をする。
須佐之男は直感した。
『この兵士は死刑にされるな!』
「もちろん、男の誇りは何時いかなる場合でも失っていない」とその兵士は胸を張って言った。
「それなら、あなたは女を抱く資格はありません。あなたの抱いているのは女ではなく、雌の人間です。あなたはこの竜宮城での掟を破りました。ここでは男と女が交わるのは自由ですが、相手を物扱いしてはならないのが決まりです。物扱いしたら、物扱いされる。これが鉄則です。だから、あなたは物扱いされます」
貴巫女はそう言って、まわりの巫女たちに質問した。
「この兵士を、どのように物扱いすべきか?」
巫女たちが全員一致で貴巫女に答えた。
「牛と同じ扱いをして下さい」
西都原のある日向は農業で食物を採取していて、農業には土が大事で、土を耕す作業に牛を使っている。
その作業に、この男を使うことを、貴巫女は命令した。
牛に代わっての力作業を一日中させられるのは死ぬより苦痛だ。
「須佐之男どの。これでよろしいですか?」貴巫女から訊かれて須佐之男は頷いた。
この日以来、須佐之男は牛の親神と言われるようになった。