第二十三章 三角関係

今回の事件で、須佐之男も貴巫女のことを姉とは思えない心情になり、宇受売とは違った魅力の虜になってしまった。
この時代は、男女の交わりは開放的で、特に女性が複数の男性と交わるのは当たり前であった。
人類の歴史をみても、言葉として最初に生まれたのが「母さん」で約5千年前メソポタミアのウルで生まれたシュメール語である。子孫を造るのは女だから、「母さん」という言葉が最初に生まれるのは当然だが、面白いのは、その次に生まれた言葉が、「父さん」ではなく「叔父さん」という言葉であることだ。
女性が複数の男性と同時に交わることが、当たり前の時代では、産まれた子の父親が誰か母親すら分からなかったのだから、交わった男はみんな「叔父さん」と呼ばれたのである。非常に合理的だ。
そして今から3千5百年前にモーゼの有名な十戒で「汝、姦淫するなかれ」という神の律法が人間に与えられてから、一夫一婦制になって「父さん」という言葉が生まれたのである。
それほど、父親というのは、存在感のないのが本質である。
西都原でも、男は必要だが父親は不要という考えが当たり前で、種馬のようなものだから、お互いに同時期に複数の男女が交わっていた。
ところが、須佐之男がやって来てから状況は急に変化したのである。
貴巫女も最初は須佐之男と宇受売の関係を承知していたが、だんだんその関係に嫌悪感を抱き始めた。また宇受売も姉弟とはいえ、当時では近親相姦は当たり前であったから、余りにも仲が良い二人に危機感を持ち始めた。
そして、ついに貴巫女と須佐之男が結ばれたのである。こうなると、どちらが須佐之男の子を孕むかが勝負になる。そしてとうとう貴巫女が須佐之男の子を産んだのだ。
その子は女の子で狭依姫(さよりひめ)と名づけられた。
さあ、こうなると、いくら貴巫女の下女とはいえ、女の意地が宇受売にもある。
必死になって須佐之男に励まさせ、須佐之男も宇受売の心情を理解して一所懸命励むのだが受胎しない。宇受売は毎晩悲しくて泣いてばかりいたが、貴巫女も宇受売の気持ちを察し同情して、須佐之男に宇受売のところに行ってやるよう頼むようになった。
貴巫女は須佐之男に打ち明けた。
「どうやら、この日向の国はあなたのものになったようです。今では、女と男の関係がまったく逆の立場になってしまいました。あなたの連れて来られた兵士たちも女たちよりも強い立場になってしまったようです。女一人を男二人が相手する関係だった西都原が、あなたが来てから、男一人が女二人を相手にする処になってしまいました」
「三角関係が逆三角関係になったようですね」と笑って話す須佐之男の顔をただ虚ろに見つめる貴巫女だった。
そして宇受売も、須佐之男のことを想っては泣く日々を送っていた。
この時、男性上位日本という国が興ったのである。