第三十五章 西と東へ

出雲に戻った須佐之男は、オロチの館へナムチを伴って訪れた。
フガは須佐之男の留守中、立派に出雲を治めていた。
フガの顔を見て、
『親父殿の李生成の顔付きに似てきたな!』と内心思った。
高句麗に帰って、李生成と会って話し合ったこと、ズガの兄で李生成の後継者であるアメが死んで、高句麗の後継者がいなくなったことをフガに説明した。
「親父殿はフガに帰ってきて欲しい、そして自分の跡を継ぐ立派な大王になって欲しいと言っていたぞ」と話す須佐之男にフガは涙を流した。
「我々ヤマタのオロチ兄弟は出来が悪いから、高句麗から放り出されたと、ひがんでいた。だから、出雲で悪さばかりをしておったのだ。親父殿の気持ちも知らないで、ただズガだけはわかっておったのだ。考えてみれば、他の兄弟も哀れだ」
人間というものは、ちょっとしたことで悪魔にもなれば、神のようにもなる。その分れ目は、ほんの些細な違いだ。
須佐之男は、自分の後継者をナムチに決めたことをフガに話した。
「よく、わかった。フツシは日向へ、ナムチは大倭へ行くのだな。そしてわしは出雲を治める新しいヤマタのオロチが高句麗からやってくるまで、この地を守っていよう」
オロチの館を出た須佐之男と晴れて大国主となったナムチは横田のクシの館に戻った。
クシとイナダ媛は彼らの話を聞いて悲しんだ。
「わしは、この島国をまとめねばならない。そのことを理解してくれ」と須佐之男はクシとイナダ媛に言った。
クシは、かつて遠い坂田の国からやって来て、この島国の事情に精通していたので、よく理解してくれたが、イナダ媛はやはり女だ。そんな理屈は通らない。
須佐之男も女には弱い。結局、大国主を先に送り出して、自分はしばらくイナダ媛の側にいてやることにした。
「大国主よ。必ず日向の貴巫女と、死国の稲飯殿と協力して、この島国を統一して大倭の国へ行く。それまでに大倭の名にふさわしい国づくりをしておいてくれ」と言ってナムチを東へ送り出した。
須佐之男はイナダ媛と一緒に、しばらくは、穏やかな日々を送り、その間にたくさんの子をもうけた。
「イナダ媛。もうそろそろ、わしは日向の国へ行くぞ」
堅い決意のほどを示した須佐之男の表情を見てイナダ媛も、もうこれ以上は引き留めることは出来ないと堪忍した。
「わかりました。日向の貴巫女様によろしくお伝えください」とイナダ媛から言われてほっとした須佐之男は、既に西都原の貴巫女と宇受売に、想いを馳せるのだった。
『さあ、いよいよわしは西へ向かうぞ!』
と気を張りつめた須佐之男の目に稲飯の顔が浮かんだ。
『今度は、まず阿倭の稲飯殿のところへ行ってみよう、そして死国から日向に渡ろう』
須佐之男の西征はこうして始まった。