|
第四十章 西都原へ 『10年ぶりの西都原だ。貴巫女はいくつになったであろうか。わしもすでに35才になったから、もう40才は過ぎているであろう』 須佐之男が出雲に初めてフツとやってきたのは18才の時であったが、あれから17年も経ったのだ。 『わしの命もあと15年だ。残りの人生を貴巫女と過ごしてみよう』と須佐之男は思っていた。 出雲を発った時は、再び出雲に必ず戻るつもりであったが、3年間の四国での生活が、余りにも穏やかなものであった為か、残り人生が短くなってきたことによるものか、最後の落ち着く場所が欲しかった。 『出雲には、ナムチの兄たちがおり、ヤムチを支えて治めている。ヤムチもすでに15才だ。大和には家来のナムチが大国主として君臨している。そして日向には姉の貴巫女がおり、娘の狭依媛がいる。四国には稲飯の娘との間に生まれた日本武尊がいる。すべて、わしの支配下の国となった』 須佐之男は満足していた。一抹の寂しさも感じていたのは、寄る年波のせいであろう。 須佐之男を迎えに来ていた貴巫女は、40才とは思えないほど若さを保っていた。 それもそのはずで、須佐之男がいない間に6人もの子供を産んでおり、しかも子供の父親が判らないという。 女の本能的欲望は性欲と物欲だ。女王として君臨していると物欲は常に満たされているから、結局性欲に向けられる。 世に女王とか女帝とか言われた女性は必ず、数人から数十人の男を侍らせて多くの子供を産む。 貴巫女もそうだった。 「相変わらず、元気で何よりです、姉上殿」 須佐之男が言うと、恥ずかしそうな顔をして、 「姉上などと、畏まった言い方はやめて下さい。わたしは、あなたの日向での妻なのですから」 「わたしが日向にいない間に6人も子供を産んでいるあなたが、わたしの妻と言えるでしょうか」 「もちろん言えます。他の子供たちはわたしの子供であることは確かですが、誰が父親か、わたしにも判りません。しかし狭依媛は間違いなく、あなたの子供です。それが、あなたの妻である何よりの証拠です」 須佐之男は、貴巫女の話しを聞いて納得した。 この時代における男女の関係は、より動物的と言える。自然の摂理に合致している。 現代では考えられないが、人間の原始的価値観というのは、このように環境によって左右されるもので、人間が創った価値観とは大きく違う。 どちらが正しいかではなく、どちらが自然に合っているかで決めるべきであろう。 須佐之男は、その後、貴巫女に二人の娘を産ませるが、その間、貴巫女は他の男との子供は産んでいない。 多杵島媛との室戸での3年間の穏やかな生活と同じように、貴巫女との日向での生活は平和そのものであった。 |