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第四十一章 高句麗事変 須佐之男が西都原に落ち着いてから10年が経った。 貴巫女はその間に二人の媛を産んだ。 平和な日々が続き、須佐之男も45才になり、貴巫女は50才になっていた。 その頃、高句麗で李生成が88才の命を全うして、フガが継いでいた。 フガも既に55才になっていた。 そこへ北から扶余の騎馬民族で鵜葺王(ウガオウ)と辰王(シンオウ)と言う親子の英雄が輩出し、新羅と結託してフガを挟み撃ちにし、高句麗を一気に攻め落とした。 辰王は勇猛果敢で恐い者しらずだ。 高句麗を攻め落とした後、同盟を結んでいた新羅を裏切り、その勢いで百済、伽耶も落とし朝鮮半島を統一してしまった。 更に、海の向こうにある島国を征服しようと、虎視眈々と狙っている。 フガは李生成の薫陶も空しく、出雲や日向に逃れることも出来ずに討ち死にした。 辰王はまだ27才だが、父の鵜葺王を補佐するほどの傑物であった。 鵜葺王は日向に須佐之男という一代の英雄で、李生成の息子がおり、彼の下に出雲も阿倭も大和も纏まっていることを知っており、迂闊に手は出さず、じっと様子を見ていた。 須佐之男が老いて死ぬのを待つ戦略だ。 須佐之男も敵の手の内は知っていたから、何とか早く島国日本を統一することを願い、次世代で優秀な子を日本王にしようと考えていた。 出雲にはヤマチこと八島野尊、阿倭には日本武尊、大和には義理の息子大国主がいる、しかし日向には須佐之男がいるが、男子後継者がいない。 一方、敵の鵜葺王には辰王がいる。 『八島野尊はもう20才を過ぎていたが、おとなしすぎる。期待は日本武尊だが、まだ14才だ。一方辰王は27才と脂がのりきっている』 何とかもう10年、自分が堪えて、その間に日本武尊が成長するのを待ちたかった。 しかし、辰王もこちらの意図をきっちり読み取っている。 須佐之男と直接戦うのは避けたい。だが日本武尊が成長するのを、みすみす指をくわえて待っているわけにもいかない。 そこで須佐之男は一計を思いついた。 末娘の伊須気余理媛(イスケヨリヒメ)の婿として辰王を迎え入れようと鵜葺王に申し入れた。 鵜葺王は難色を示したが、息子の辰王が鵜葺王に言った。 「親父殿。敵方の狙いは見え見えであるが、敵の策に載ってみては如何ですか。 結局、日本武尊と、このわしとの器量比べになる。わしは自信がある故、この先、日本の国を支配する上にも、この器量比べに勝たねば支配する意味がないと思うのですが、如何ですか」 辰王のこの王道の考えに賛同した鵜葺王は、須佐之男の申し入れを受けた。 『さすがに朝鮮半島を一気に征服した親子だけのことはある。大したものだ』 須佐之男と貴巫女は感心した。 そして、いよいよ辰王は日向に独りで乗り込んで来た。 「よくぞ、参られた。婿殿。今日から婿殿の倭名は神日本磐余彦尊(カンヤマトイワレヒコノミコト)と名づける」 須佐之男は辰王に告げた。 |