第七章 オロチの内紛

8人兄弟のヤマタのオロチが何故28人いる高句麗の大王・李生成の子供の中から選ばれたのか、説明しておかなければならない。
李生成は8人の女御から28人の子供を産ませた。
正妻には子供がいない。これは彼らツングース系騎馬民族の慣習である。
正妻以外に愛妾つまり女御が8人いたのだが、そのひとりガコという名の女御はまさに子供を産むマシーンのような女で立て続けに7人の男子を産んだ。7人の男子が歳子なのだ。
他の女御に産ませた子供は男子が3人、女子が17人で、幸い28人の中の末子が双子の男子であったため、このふたりのどちらかが李生成の後を相続することに決まっていた。双子の兄弟の名をアメとクニと言い、アメを李生成の正式の相続者と決め、クニがガコの子である7人兄弟の更に末子としてヤマタのオロチ8人兄弟に仕立てあげ出雲の統治をさせることに決めたのだ。そのクニことヤマタのオロチの相続末子がズガなのだ。しかし、このことは李生成以外誰も知る者はいなかった。
イガとエガの「蒲焼き事件」以来、イガはまったく精気を失い、替わって何を考えているか分からないガガが口出しするようになってきた。またもや狡猾なエガがガガをそそのかし始めた。エガはズガの1才違いのすぐ上の兄だけに、末子相続の慣習とはいえ、あきらめきれない感情があった。その上にズガの顔立ちから、性格まで他の兄たちやエガとまったく違うことに密かに疑いを持っていた。
『ズガを亡きものにすれば自分が相続権を持てる』そう思ったエガはことある毎に他の兄たちをそそのかしてズガを抹殺しようとしていた。
末子相続の慣習は、一族の長期安定化のためには非常に効果的な制度であるが、人間の情念からみれば、兄弟の関係は極めてギクシャクしたものになる。だから内部紛争が絶えない。
エガはズガの出自についてガガに言ったことがある。
「ガガ兄さん。ズガは本当にガコ母さんの子だと思いますか。わたしは、違うと思います。あまりにも外見も性格も我々と違い過ぎると思いませんか?」
「うん、確かにそう言えば、ズガだけは違う点が多いのう。しかし、それだけでは断定は出来ないし、迂闊な動きをすればこちらが大怪我をする。何か証明できるようなものがあるというのか?」
エガの狡猾さが発揮された。
「みんな、ガコ母さんから産まれた時の臍の緒を持っているでしょう。ズガは持っているか確かめたらどうですか?」
「もし、ズガが持っていたら、お前もわしも命はないぞ」と言われてエガは震えた。
狡猾で臆病だから、そそのかして人にやらせるが自分は手を染めないのがエガのやり方だ。その性格を知り抜いているガガはそう簡単には載せられない。
「お前が、その証拠を探すのだ」とガガに言いつけられて、返ってエガは窮地に追い込まれた。ガガの方が一枚上手だったのだ。
ここまで追い込まれると臆病なエガといえども動かざるを得なくなってしまった。
臍の緒はみんな自分の寝室の違い棚の引き出しに置いてある。エガはズガがいない間を見計らって寝室に忍び込み、違い棚の引き出しを引いてみた。
「何をやっているんだ、エガよ!」という声が聞こえて、後ろを振り返ってみるとズガが仁王立ちしていた。
兄弟といえども末子相続権を持つ者は、兄に対しても呼び捨てにするし、態度も主従の関係をはっきりさせる。
オロチ兄弟全員集まっての一族会議が行われた。
当主のズガからエガの行状について話がされ、エガの処分と共謀者の吟味が為された。
エガはガガにそそのかされたと主張したがガガは否定した。
ズガから最終判決が言い渡された。
「疑わしき者は、みんな罰せられる。これが我が一族の掟である。従ってガガの右腕、エガの左腕を切断の刑にて処する」
二人は口を震わせながら反論した。
「ズガ、お前が末子相続者である証明の、ガコ母さんからの臍の緒を見せて見よ!」とガガが最後の勇気をふり絞ってズガに迫った。
「いいとも。だがもし証明されたら、ガガよ、命はないものと覚悟できるか?」と不敵な笑いをしながら言うズガに圧倒されて他の者たちは黙ってしまった。
腕切断の刑は扶余族の慣習で、一族の仲間を罰するときの一番軽い刑だ。最も苛烈な刑は断種の刑である。
一族の者がみんなでガガの腕と体を取り抑えて、長であるズガが切り落とした。
それを見ていたエガは、余りの恐ろしさに卒倒したが、エガに水をかけるよう命令したズガは、泣きわめくエガの左腕を切り落とした。
さすがに他の兄たちも、ズガにその後逆らうようなことは一切しなくなった。