第八章 ズガの帰郷

内紛を鎮圧したズガは、自分の出生の事実をはっきりさせるため高句麗のピョンヤンに一度帰ろうと思っていた。
エガから臍の緒を見せろと言われた時は、確かに違い棚の引き出しの中にあったから、別に疑いの気持ちは起こらなかったが、エガとガガを処罰した後、ふたりの臍の緒をこっそり調べたら、入れてある箱がふたりの箱は同じなのに、自分の箱はまったく違っていたのだ。
オロチの館は清田という出雲の奥地にあり、そこで鉄の精錬を行っていた。清田とフツ親子が身を寄せていたクシの館のある横田は、ともに出雲の奥地にあり、やはり鉄の精錬を行っていたが、ヤマタのオロチが統治してからは、出雲のすべての鑪(たたら)つまり精錬所はヤマタのオロチが管理していた。その数は数十もあると言われ、清田や横田は、大鑪があった。
足で踏んで風を送る鞴(ふいご)から踏鞴(たたら)と呼ばれるようになり、何時しか、踏鞴を使って精錬する所も鑪(たたら)と呼ばれるようになった。
出雲の鑪で造られる和鋼(わはがね)は刀の最良の鋼として重宝された。
武器としての鋼の刀と銅剣では、まったく勝負にならず鋼の刀を武器にした唐や高句麗が大陸や半島を支配できたのは出雲の鑪で造られた刀を武器にして戦が出来たからである。
出雲の日本における重要戦略地域としての存在感は、尼子一族が毛利元就によって滅ぼされたころ、織田信長によって武器の主流が刀や槍から鉄砲に変わって、鉄砲が堺で大量生産されるようになっても、材料の鉄は出雲から手に入れるしかなかったことからも窺われる。
信長が執拗に毛利攻めをしたのも、鉄の供給源である出雲を確保したかったからである。
明治維新における長州の影響力の背景にも出雲の存在があったことは否めない。
出雲は確かに鉄鉱石を大量に産出した所であったが、精錬技術は大陸から半島を経由して渡来して来た高句麗の金岡氏によって伝来されたものである。
その後、鑪が高殿(たたら)とも呼ばれるようになったのも、精錬所の上に金屋子神(かなやこのかみ)としてたたら吹きの技術を守る神が祀られるようになってからだが、金屋子(かなやこ)は金岡氏から来ている。
クシが槌の技術と、たたら吹きの村下(今でいう職長)であったから、オロチ一族は彼を大事にしたのである。
ズガは李生成から一時帰国せよとの命令が来たと嘘をついて、ピョンヤンに帰った。
李生成に謁見したズガは自分の出生の事実を教えて欲しいと懇願した。
「お前は、わしの後を継いでもおかしくないだけの資格を持っておる。たまたま双子に産まれ、兄のアメをわしの後継者に決めた故、不憫に思ったクニをオロチ兄弟の末子として、出雲を統治させようと思ったのだ」
「それでは、わたしの本当の名はクニというのですか?」と驚くズガに李生成は頷いた。
「それより、お前は知らないだろうが、わしと同じ血を引く者でフツという男が倭の国に行ったと聞いておる。その名前を聞いたことはないか?」
「いえ、ありません。しかし伊吹の山から来たというフツシという若者が出雲におります」
ズガが答えると、李生成の顔色が変わって、しばらくは黙っていたが、徐々に話し始めた。
「フツシという若者はフツの子だ。しかし実はわしの子であり、お前の弟である。わしがフツの妻に手を付けた結果産まれたのがアメと、クニすなわちスガお前との双子だった。そして、その後、わしの寵愛を受けて産まれたのがフツシなのだ。その時、母親は死んでしまった。フツは、それをわしが殺したと思っているのだ」
李生成の話に驚きながら、ズガは訊いた。
「それは18年前の出来事なのに、何故今ごろ出雲にフツが、そしてフツはどこにいるのでしょうか?」
「多分、他の兄弟はフツのことを知っておるから、出雲のどこかに潜んでいるのだろう」李生成が言うと、「フツシは、このことを知らないでしょう」とズガが答えた。
「まず知らないであろう。フツには悪いことをしたと思って、アメとクニをわしの後継者にしたのだ。しかし、フツシの母親が死んだときにフツは産まれた赤子を連れ去った。わしに復讐するためであろう。そうなると、お前は兄弟同士で殺し合いをしなければならなくなる」李生成の顔は曇っていた。
『道理で、初めて顔を合わした時から、親しみを感じたのだ』とズガは心の中で呟いた。
「しかし、このままでは、いつか兄弟同士の殺し合いになるでしょう」とズガが言った。
李生成は、それには何も答えなかった。
出雲への帰路の船の中で、ズガは遠くに見える出雲の地を見ながら、殺し合いになるかも知れない我が弟のフツシに会いたい想いが膨れあがっていた。