|
第三十三話 峰打ち事件 郁子が男の子を出産した。 名前を付ける段で、蝦夷屋で一騒動が起きた。 祖父で蝦夷屋の主人の源春雄は義嗣(よしつぐ)にすると主張する、産みの母である郁子は幹仁(もとひと)にすると言う。 結局、父親である雄仁に一任することになった。 優柔不断な性格が雄仁の持って生まれた体質である。 春雄と郁子の要望を受けて、義幹(よしもと)という名前にしたのである。 「義幹(よしもと)なんて縁起の悪い名前だ!」 蝦夷屋の主人・春雄は不満な気持ちを露骨に表わした。 「どうして義幹(よしもと)が縁起の悪い名前なんですか?」 札幌からわざわざ平泉まで、孫の顔見たさでやって来た春雄に遠慮しながら訊いてみた。 「義幹(よしもと)と言えば、織田信長に桶狭間で討ち取られた今川義幹(よしもと)と同じ名前じゃないか!」 雄仁と、横で聞いていた郁子が吹き出した。 「お父さん、何言ってんのよ。今川義元のもとは元という字でしょう。ははは・・!」 郁子と春雄は、郁子が物心ついた時からぎくしゃくしていた。 理由はお互いわからないのだが、性分が合わないと言うのか、相性が悪いのである。 その郁子が、余りにもおかしなことを言う春雄に笑いがこみあげてきたのだ。 「字が違っても、よしもとに変わりはないし・・・ここで藤原四代の泰衡(やすひら)に殺された源義経も・・・」 春雄は源姓だけに、源氏に対する想い入れが人一倍強い。 「それじゃ一層のこと、義経(よしつね)にしたらどう?」 郁子は父の春雄を茶化しながら言った。 「それじゃ、義経(よしつね)にしよう。君も異論ないだろう?」 春雄が雄仁に迫った。 もともと雄仁の優柔不断さが齎した結果であるだけに、雄仁は文句を言えなかった。 「はい結構です」 雄仁の余りにあっさりした反応に郁子は不満だったが、その場では黙っていることにした。 「どうして、わたしの主張した幹仁(もとひと)にしてくれなかったの?幹仁(もとひと)じゃ何か不満だったの?」 郁子は出産してから、ますます雄仁に甘えるようになった。 「お父さんにも、権利があるだろう・・・ここはひとつ・・・」 郁子は、まだ雄仁の病的なほどの優柔不断さに気がついていない。 前世の緒仁こと後円融天皇も優柔不断の病気を持っていた。 足利義満が宮中の女人を片っ端から愛妾にしていくのを横目でみながら、母親の崇賢門院に、「死んでやる!」と駄々をこねたことがある。 崇賢門は、そんな我が子の姿を見て、甥の義満との器量の差を嘆いたのである。 雄仁が今回の件で優柔不断さを発揮したのは、他の理由もあったが、決して自分以外の人間には口外していなかったのである。 優柔不断な人間には、口の硬いところが良い面である。 郁子でさえ、雄仁の考えていることの半分も理解していなかった。 万世一系で百二十四代も引き継がれる家系は世界のどの王家を探しても見当たらない。 それは一重に口の硬さである。 天皇家の門外不出の伝統は、掃いて捨てるほど多い。 伊勢神宮にある、三種の神器である八咫鏡(ヤタノカガミ)草薙の剣(クサナギノツルギ)八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)が入っている神箱の中身を知っている者は誰もいない。 天皇即位式の大嘗祭の秘儀は誰も知らない。 雄仁もその体質を引き継いでいたことまで、郁子は知らなかった。 峰打ち事件もそういう中で起こったのだ。 |