|
第三十章 砂嵐の威力 サハラ砂漠で発生した熱帯モンスーンが最初に襲う場所が、エジプトのナイルデルタとその周辺の砂漠だ。 毎年3月に入ると、サハラ砂漠の気温が上昇し始める。 乾燥したサハラ砂漠の少ない水分を、気温の上昇で発生した低気圧が絞り取るように吸い上げ、細かい砂の粒子と一緒に上空高くトルネードのように吹き上げる。 ハムシーンは、カイロの町をも、毎年3月から5月頃まで襲う。 この砂嵐をアラビア半島に残して、熱帯モンスーンはインド大陸に猛烈な雨を、そして、6月から7月にかけて日本に梅雨をもたらす。 湿気の多い砂の混じった風が吹き荒れ、日中でも夜のように真っ暗になり、カイロ空港は完全に閉鎖される。 しかし、夕方になって気温が下がってくると、砂嵐はまるで何ごとも無かったように収まる。 モハマッドはバスラで訓練を受けた時にもハムシーンに出くわしたことがあるが、今度のハムシーンは想像を絶するものだった。 目の前にいた二人の大男が、トルネードになった風に巻き込まれ、吹き上げられてしまった。 100キロはある大男の体がまるで風船のように空高く舞い上がり、300メートル先の砂漠に放り投げられた。 テープカットの式も中止してサダトとアンドロポフはお付きの者たちに抱きかかえられて、避難所に入った。 カスティーヨがモハマッドに叫んだ。 「モハマッド!俺について来るんだ!」 一本のロープを放り投げたカスティーヨは300メートル先に叩きつけられた二人の大男の方へ走って行った。 ロープをたぐってモハマッドもカスティーヨのあとを追いかけた。 柔らかい砂漠の上を歩くのは、水面を歩くようなものだ。 その上に砂の混じった猛烈な風だ。 10メートル進むのに、10分はかかる。 やっとの思いで二人の落下した地点に着いたが、もう砂に埋もれて二人の姿は見えない。 カスティーヨは手スコップで必死に付近の砂をすくった。 モハマッドも横で同じように、砂をすくった。 すると、手の先に何かが当たる。 思い切り力を入れて、手に当たった異物を引き上げた。 「うおおお!」 モハマッドは唸った。 モハマッドの唸り声で砂をすくうのを止めたカスティーヨが見たものは、無残にも引きちぎられた人間の腕だった。 二人の男の遺体は、強烈な風と砂との摩擦でバラバラに切られてしまっていたのである。 『バスラで遭遇したハムシーンは大したことはなかったが、本場のハムシーンとは、こんなに恐ろしいものだったんだ。こんな悪魔のようなハムシーンの中で生の蛇を食べて生き抜いて行けば、百人力のテロリストが誕生するだろう。ハムシーンがテロリスト訓練の最大の先生だ』 モハマッドは、一流のテロリストになる日をますます待ち遠しく思うのだった。 |