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第十章 連合国・連合軍の正体 連合国による連合軍(The allied forces)という言葉は、第二次世界大戦以降に誕生した。 国際連合原加盟国のことであるが、元を糾せば、ナチスドイツを中心とした枢軸国に対抗した言葉である。 枢軸とは、「悪の枢軸」で代表されるように、悪の権化を意味している。 アメリカを筆頭に欧米諸国が、テロ集団を匿う諸国を「悪の枢軸(The axis of evil)」と名指して、嘗てのリビア、そしてシリアやイラン、昨今ではソマリアを「悪の枢軸国」と非難し、戦争を仕掛けているのも同じ発想だ。 悪の権化の枢軸国によって結成された侵略軍に対抗して結成されたのが、連合軍であり、「聖戦」側であるわけだ。 しかし、連合軍の元祖は十字軍遠征に端を発する。 つまり、第二次世界大戦以降、連合国、連合軍を自称する連中の意識には、十字軍に対する深い想い入れがあることを忘れてはならない。 1096年。 フランス出身のローマ教皇・ウパニス二世の発声によって、十字軍の遠征が始まった。 聖地イェルサレムをイスラム諸国から奪回するのがその趣旨であったが、十字軍は、キリスト教圏の諸侯からなる大規模な連合軍であり、十字軍に参加した諸侯は、宗教的な動機と共に、戦勝時の利益への目算も当然あった。 宗教的な情熱が強かったはずの第一回十字軍ですら、エデッサ伯国やアンティオキア公国は領土の確立に走り、第四回十字軍では、イェルサレムではなく、キリスト教(東方正教)国家である東ローマ帝国の首都・コンスタンチノープル(現在のイスタンブール)を攻め落としてラテン帝国を築くなど、動機の不純さを露呈している。 聖地イェルサレムの回復を目的としていた十字軍であったが、後には、キリスト教徒から見た異教徒や、ローマ教皇庁から異端とされた教会や地方の討伐軍をも十字軍と呼ぶようになった。 まさに、悪の枢軸に対する連合軍が十字軍であったのだ。 キリスト教徒にとっての異教の代表がイスラム教であり、畢竟、十字軍遠征とは、イスラム教圏の国家との「聖戦」であったのに対し、同じ旧約聖書をバイブルとする兄弟宗教のユダヤ教も異教の対象になることは言うまでもないが、キリスト教徒に対抗するほどの信者の数ではなかったことが彼らに幸いした。 カスピ海は国際世界での呼称であり、地場ではカザール湖(ペルシャ語でダリウス・ハザール‐カザール人の住み湖)と呼ばれているほどに、十字軍遠征当時は、カザール人という民族がカスピ海一帯に住んでいた。 カザール人は、イラン、当時のペルシャと同じイスラム教徒であったが、十字軍が黒海周辺を陵辱し、その勢いでカスピ海にまで及ぶという噂が、彼らにまで伝わった。 カスピ海の南部1/3がイラン領であるのに対し、中央部から北部2/3はカザール人が住んでいたために、カスピ海はカザール湖とも呼ばれていたほどに、カザール人の影響が大きい地域であった。 それだけに、十字軍の対象はカザール人に絞られた。 黒海の中心であり、キリスト教(東方正教)の中心地でもあったコンスタンチノープルをも攻め落とす十字軍の残忍極まる暴挙を巷間で聞いていたカザール人は、恐怖に戦き、それまで信仰していたイスラム教を捨て、ユダヤ教に改宗することで、十字軍の矛先を変えようとした。 しかし、十字軍はユダヤ教徒でも容赦しなかった。 結局、彼らはカザール湖を捨て、ゲルマンの大移動宛らに西へ移動して行かざるを得なくなり、その後、ロシア、ポーランド、ドイツ東部にまで移動した。 トルコアルメニア人と同じ白人系の血を引くカザール人ユダヤ教徒、つまり、アシュケナジーユダヤの誕生である。 旧約聖書で登場するヘブライ人を祖とするセム系スファラディーユダヤとは、まったく肌の色を異にするユダヤ人であり、彼らのその後の動向が、二十世紀の二回に渡る世界戦争の火種となり、「連合国・連合軍」の背景となって行くのである。 畢竟、「連合国・連合軍」と「枢軸国・侵略軍」との相克は、キリスト教とイスラム教の相克であり、その狭間で、狡猾に生き延びようとするアシュケナジーユダヤ教徒の陰謀の産物に他ならない。 1948年5月14日。 イスラエルが建国された。 大英帝国に陰りが見えかけた第一次世界大戦時、敵国であるドイツがイスラム世界を支配していたオスマントルコ帝国と争っていたのを利用して、アラブ戦略を優位に推進する為、敵国であるドイツと水面下で手を組んだ。 白人国家は相争っていても、有色国家と戦う時は手を組む良い例である。 第二次世界大戦で日本と同盟を結んだナチスドイツのヒットラーは、東シナ海海戦で日本が連戦連勝するのを苦々しく思って、敵国のイギリスを応援しようとした。 世界の有色人種を奴隷化するのが究極の狙いであった白人社会は、オスマントルコに抗戦する為には、ベドウィンの族長国家になっていたアラビア半島を統一しなければならないと判断し、次から次へと半島を制覇していくサウド家のアブドル・アジズ(初代サウジアラビア王国・国王イブン・サウド)に、イェルサレムの地に新しいイスラム国家パレスチナを建国することを約束して、英国と同盟を結ばせることに成功した。 その時活躍したのがアラビアのロレンスことT.Eロレンスである。 イギリスがアラビア半島に固執した理由は、当時英国の石油会社ロイヤル石油とBP(ブリティッシュ・ペトロリアム)がアラビア湾(ペルシャ湾)に巨大油田を発見したことに起因し、この油田の利権獲得の為にはアラビア半島を我が手中にしなければならなかったからである。 ところがこれらイギリスの石油会社のオーナーは国際ユダヤ資本であり、彼らはシオニスト(シオンの地、すなわち神から与えられた約束の地に戻るのを最終目的にしている古代ユダヤ人たちの末裔)であった。 彼らはその大資本力を以って、イギリス政府にイスラエル建国の圧力をかけていた。 大英帝国のパワーが陰りを見せていたのに、結局彼らは二重約束をしていたのであり、その結末が、イスラエルとパレスチナ両国家の建国という複雑な構図になってしまったのだ。 石油利権に絡む人間の欲望が、イスラエル、パレスチナ問題の根源にあることを忘れてはならないわけで、アラブ問題は石油問題と切り離すことはできない。 油田がないアラブ世界は、嘗て古代文明があった僻地としか欧米諸国は捉えなかったであろう。 イェルサレムは欧米諸国の国教であるキリスト教の聖地となっているが、彼らの本音はイェルサレムなどどうでもいいのだ。 イェルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地になっているが、実際はユダヤ教だけの聖地である。 キリスト教の聖地はローマのバチカンだが、それはイエスの使徒ペテロが逆さ十字刑にあって埋められた場所がバチカンであって、イエスとは何ら関係がない。 ローマ帝国そしてその後の欧州列強国のキリスト教はイエスとは何ら関係のない宗教であり、敢えて言うならバチカンの聖ペテロ寺院が象徴するようにキリスト教というよりペテロ教と言っていいだろう。 そして、ペテロ教にとって、エジプトのアレキサンドリアは五本山の一つなのである。 一方、イスラム教の聖地はメッカにあるカーバ神殿である。 中東戦争そしてイスラエル・パレスチナ問題は、聖地イェルサレムをお互いの宗教の聖地として一歩も譲れない永遠の争いであると、世界の人々はマスコミによって思い込まされている。 実際のイェルサレムはそれほど重要な処ではないのに、それを理由に争いをしている裏には石油の権利争奪というどろどろした戦いがある。 更に、シオニスト(シオンの地、すなわち神から与えられた約束の地に戻るのを最終目的にしている古代ユダヤ人たちの末裔)を装ったアシュケナジーユダヤが、ロシア・ポーランド・ドイツ東部で経済的地盤を固めた国際ユダヤ資本の正体であり、彼らが建国した国が現在のイスラエルなのである。 アインシュタインというドイツ系ユダヤ人、つまり、アシュケナジーユダヤがイスラエル初代大統領の要請を受けた所以がここにある。 連合とは、まさに、アシュケナジーユダヤの連合なのだ。 |