第十一章  回帰する歴史

十字軍の最後の遠征地であったイェルサレムは傀儡の地であって、実際の狙いは、古代バビロニアのウルであった。
人類の歴史はウルから始まった。
人類の祖先であるホモサピエンスはアフリカから始まったのに対し、人類の歴史はウルから始まった。
エジプト文明は人類の祖先の発祥の地、つまり、ホモサピエンス発祥の地だ。
ピラミッドはホモサピエンスの作品だから、我々人間には理解できない。
メソポタミア文明は人類発祥の地、つまり、人間発祥の地だ。
人類のルーツは三種類に分けられる。
アフリカン・ブラック、アーリア系白人、そして、黄色モンゴロイドだが、それらすべての種は、ウルで誕生して、その後、世界に散らばっていった。
モハマッド・ハッサンが立っている場所が人類発祥の地だった。
生き物には帰巣本能がある。
生まれた場所に必ず帰る。
鮭が大海から生まれた川の源流に戻るのは、死地に帰るためだ。
生き物はすべて死地に帰ることを本能的に知っている。
死地に帰るということは、死期を知っているからに他ならない。
生き物はすべて死期を知っているのだ。
人間以外は。
死を知らない生き物が死期を知り、死を知っている人間だけが死期を知らない。
人間以外の生き物は、死の観念を持っているから、死を意識しないが、死期を知っている。
人間だけが、死の概念を持っているから、死を意識しながら、死期を知らない。
旧約聖書の創世記で書かれた、人間の祖先であるアダムとイブが、神によってエデンの園から追放されたことの意図はここにあったのか。
エジプトのカイロで生れたモハマッド・ハッサンが、愛する姉アバスの死後、タイムトンネルに落ちてしまったかのように、それまでの記憶が完全に喪失してしまい、気がつけば、人類発祥の地・ウルに立っていたのは、人類という生き物が持ち併せている帰巣本能の為せる業であった。
彼は敬虔なイスラム教徒ではなかったから、逆に言えば、正常な精神の持ち主であったと言える。
イスラム教徒に限らず、敬虔な宗教信者は異常な精神の持ち主だと言っても過言ではない。
宗教戦争とは敬虔な信者間の相克の結果であることは明白であり、残忍極まる惨劇を生んできた。
欧米先進国とアラブ社会の相克の根元には、同根宗教であるキリスト教とイスラム教の骨肉の争いが潜んでいて、嘗ては、十字軍であったのが、今では、連合軍になり、異教徒がイスラム教徒であったのが、今ではテロ集団に名を変えただけのことで、内実はまったく同じだ。
結局の処は、同根宗教の骨肉の争いだ。
骨肉の争いは、その種(種族)の自滅を示唆していることを、人類は気づいていないらしい。
数世万年前にあった恐竜時代の終焉は、地球上の生命体の絶滅のシナリオだったことがよく示している。
マクロ世界の宇宙から、地球上の生命体が織り成すミディアム世界、そして、ミクロ世界の分子・原子・素粒子の世界までを貫く「誕生・生・死の円回帰運動」が、時空間、つまり、古今東西を超えて機能している結果である。
自然の生き物世界では、強い者が食う役割(使命)を持ち、弱い者が食われる役割(使命)を持つが、すべての生き物は強い者の面と弱い者の面を兼ね具えている。
ライオンとシマウマとの関係では、ライオンが強い者、つまり、食う役割(使命)を持ち、シマウマが弱い者、つまり、食われる役割(使命)を持つが、シマウマと草(植物)との関係においては、シマウマが強い者、つまり、食う役割(使命)を持ち、草が弱い者、つまり、食われる役割(使命)を持つ一方、草(植物)と土(鉱物)との関係においては、草が強い者、つまり、食う役割を持ち、土が弱い者、つまり、食われる役割(使命)を持ち、更には、土(鉱物)とライオン(動物)との関係においては、土が強い者、つまり、食う役割(使命)を持ち、ライオンが弱い者、つまり、食われる役割(使命)を持つ。
ライオンやシマウマといった動物も、草といった植物も、土といった鉱物も、地球上では常に、強者(食う者)且つ弱者(食われる者)なのだ。
だから、誕生・生・死を繰り返す、つまり、円回帰運動をするのである。
そして、死の段階を迎えると、必ず、骨肉の争いを引き起こし、絶滅する。
骨肉の争いをした一族は必ず滅びるのも、円回帰運動の為せる業であることに気づけば、人類間の戦争もなくなるだろうが、意識が、肉体が寝ても醒めても、眠っている現代人には到底気づくことはないかも知れない。
そうすれは、待っているのは、骨肉の争いに因る絶滅のシナリオしかない。
キリスト教徒とイスラム教徒は、強い者、つまり、食う役割(使命)を持つ側と、弱い者、つまり、食われる役割(使命)を持つ側との攻守交代を歴史の中で繰り返してきたが、今、その最終段階に突入しようとしている。
近代に入って、キリスト教徒が圧倒的強者に立ったかに見えたが、思わぬ伏兵がイスラム教徒側に味方した。
石油だ。
イスラム世界の到る処で大油田が発見されたからだが、元を糾せば、今では不毛の砂漠地帯が、嘗ては、大森林地帯であったわけであり、やはり、ここにも、自然の食物連鎖の法則、つまり、「誕生・生・死の円回帰運動」が、時空間、つまり、古今東西を超えて機能しているのである。
モハマッド・ハッサンは、テロ集団、つまり、イスラム教徒の希望の星になって行く運命を、ウルの町で背負ったのである。