第十二章  静から動へ

ウルの町へ辿り着く。
モハマッド・ハッサンがこれまで体験したことはすべて、ウルの町へ回帰するための序曲に過ぎなかったのである。
彼はイラク第二の都市バスラでテロリストの訓練を受けたことがあり、その訓練の教官がマンスール・アル・ヒラジだった。
世界全体が冷戦の渦に巻き込まれた時代だった。
イスラエルとパレスチナ紛争はソ連とアメリカの代理戦争の様相を深めていたが、内実は逆で、ソ連とアメリカの冷戦が、イスラエルとパレスチナ紛争の代理戦争であった。
第一次世界大戦も、第二次世界大戦もイスラエルとパレスチナ紛争の代理戦争であった。
歴史には、表の歴史と裏の歴史が常に重なり合っているようだ。
ベトナム戦争も代理戦争であり、日本が西欧近代社会の一員に曲がりなりにもなれた日露戦争の勝利の陰には、英国とロシアの代理戦争の実体がある。
特に、ベトナム戦争は、それまでの戦争の形態を一変させてしまった。
ゲリラ戦である。
最新の大量破壊兵器で以って世界の頂点に立ったアメリカだったが、近代兵器がゲリラ戦では却って足枷になってしまった。
メコン川というアマゾンに似た想像を絶する大湿地帯では、戦い方は量よりも質が必要となり、大量破壊近代兵器は無用の長物となる。
ひとり一人の戦闘能力が勝敗を決定する。
西も東もわからないメコン川の大湿地帯で一対一の戦いを余儀なくされたアメリカの兵士たちは恐怖のどん底に落とされた。
近代兵器はすべて飛び道具、つまり、Fire armsだ。
湿地帯ではFire armsは無力で、ナイフのような刃物の戦いになり、ゲーム感覚の殺し合いではなく、リアルな殺し合いになり、アメリカの兵士たちは訓練はしていても実体験はない。
それが恐怖のどん底の正体だった。
何事も過ぎたるは及ばざるごとしである。
西欧先進諸国は近代世界を構築して、自分たちが文明の先頭を切ってきたと自負し、その代償として、核保有国を自認してきた。
「国連安全保障常任理事国」という特権である。
名前の聞えは好いが、所詮は特権国、つまり、国家の間でも階級制度を設けただけであり、その特権の最たるものが、核保有の特権、つまり、大量破壊兵器を保有する超軍事大国というわけだ。
結局の処、自然の社会に当て嵌れば、彼らは腕力の強い肉食動物であり、食物連鎖の法則の上位ランクに位置する生き物ということになり、食物連鎖の法則が崩れた際に、一番最後まで生き残れる生き物ということになるわけだ。
6000万年前に地球上にすべての生き物が忽然と消滅したことがある。
恐竜時代だ。
最後に残った生き物が肉食恐竜である。
現代恐竜時代における肉食恐竜が、将に、超軍事大国だ。
だが、歴史は繰り返されるものと、繰り返されないものとがあることを、肉食恐竜は知らなかった。
だから、彼らも消滅した。
ドイツの鉄血宰相ビスマルクは厚顔無恥にも言った。
“賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ”
歴史に学ぶことが出来るのは、繰り返す歴史だけだ。
繰り返されない歴史は、経験に学ぶべきである。
新しい現象が起こるということは、繰り返されない歴史の範疇だ。
ベトナム戦争が、新しい現象の一瞥を与えていたにも拘わらず、超軍事大国アメリカは、経験に学ばず、歴史に学ぼうとした。
アフガン戦争で、超軍事大国ソ連は、経験に学ばず、歴史に学ぼうとした。
結果は、両者とも竹箆返しを蒙り、ソ連は国家消滅の憂目に遭った。
人間社会だけにある、殺し合い、つまり、戦争の形態も刻一刻と変わっていくのである。
それが、運動する宇宙の法則であり、熱力学の法則だ。
テロ活動はゲリラ戦の進化した、新しい戦争の形態であることを、超軍事大国は愚かにも気づいていない。
新しい戦争の形態では、核兵器など無用の長物だ。
大英帝国が世界を支配する時代、つまり、パクス・ブリタニカの時代からアメリカが世界を支配する時代、つまり、パクス・アメリカーナに変えたのが大量破壊の核兵器だった。
冷戦の主役であったアメリカとソ連は、原子爆弾の保有数で以って互いに鎬を削っていたのが、その証左である。
圧倒的な数の核兵器で以って、東西の横綱を自負してきた二大超大国が、ベトナム戦争、アフガン戦争でゲリラ戦に敗退した。
“柔よく剛を制す”という諺ではないが、ゲリラが原爆を駆逐したのであり、ゲリラ戦が洗練・進化したのがテロなのだ。
テロリストとは、原爆を凌駕する核弾頭なのである。
ソ連が1950年代に核実験に成功した50メガトン級の水爆が、人類史上空前絶後の核弾頭なら、これから世界に翔く史上最強のテロ核弾頭がモハマッド・ハッサンなのである。