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第十六章 意識の収斂 一人の人間が独白することを(Monologue)と言う。 二人の人間が対話することを(Dialogue)と言う。 二人の人間が会話することを(Communication)と言う。 二人の人間が一体となって「沈黙の声」を交わすことを感応(Communion)と言う。 モハマッドとその老人は感応(Communion)の状態にあるのだ。 愛し合う男女が、それぞれの肉体を合体させ一体感を持った瞬間(とき)、恍惚状態になった瞬間(とき)、自他の区分け意識を喪失する一瞥を得る。 至福の瞬間だ。 師と弟子が自他の区分け意識を喪失する場合は一瞥ではなく、永遠のものになる。 悟りの瞬間だ。 人間社会だけに悪意と善意がある。 人間社会だけに悪と善がある。 正しい宗教と邪教があると人間は嘯く。 高尚な人間と卑しい人間がいると嘯く。 一体何の根拠を以って、自分は正しいが、他人は間違っていると決めつけることができるのだ。 どんな人間だってみんな同じだ。 高尚な気持ちが起きることもあれば、醜い想いを持つこともある。 正しい宗教と自負する人間が、一生の中で一度も醜い想いを持ったことがないと、自分に対して断言できるのか。 自分は正しい、他人は間違っているなどと嘯く人間は悉く偽者だ。 キリスト教は正しい、イスラム教は邪教だ。 逆もまた真なり。 とにもかくにも区分けをする奴はみんなニセモノだ。 自然社会には悪意も善意もない。 ライオンはシマウマを殺すことを悪いとは思っていないし、シマウマもライオンを悪いとも思っていない。 ただ怖いと思っているだけだ。 善い悪いと区分けしたが最後、そんな連中はみんなニセモノだ。 ナチュラル(天才)とは自然児だと言うことである。 「お前さん、これからどでかいことをやらかすようだな・・・」 その老人が、モハマッドの心を見透かすような言葉を発した。 心が溶かされていくような心持ちになったモハマッドも、その老人に感応(Communion)した。 「以前のことは全然憶えていないんです」 「それは意識の収斂の所為だ」 聞き慣れない言葉だ。 「意識の収斂?」 「意識の収斂とは・・・・」 その老人の表情が見る見るうちに変わっていく。 「・・・・自然の生き物たちはみんな意識を収斂させて生きているから、個別意識を持っているようで持っていない。つまり、自我意識というエゴを持たないで、自然と一体感で生きている。だから、彼らは死の概念を持っていないわけだ・・・」 死の概念を持っていなければ殺しのナチュラル(天才)になれる。 自然の生き物がみんな殺しのナチュラル(天才)であると同時に、殺されるナチュラル(天才)でもある。 自然界では食う食われるだけだ。 殺し殺される観念など彼らにない。 だから罪と罰もない。 罪と罰の概念が悪と善の概念を誘発する。 人間は食うナチュラル(天才)であっても、食われるナチュラル(天才)になれないから、死の概念を持つに至り、畢竟、死の恐怖に苛まれることになる。 死の恐怖に苛まれる一生は必然的に四苦八苦の一生になる。 死の概念を持つ生き物・人間の宿命とも言える。 食う食われるナチュラル(天才)、殺す殺されるナチュラル(天才)になれば、差別・不条理・戦争はなくなる。 極道の世界に身を置く人間は、殺す殺されるナチュラル(天才)に近い所で生きている。 そんな連中を恐れる堅気の人間は、殺す殺されるナチュラル(天才)にほど遠い所で生きているから勝負にならない。 殺す殺されるナチュラル(天才)を志向せずとも、食う食われるナチュラル(天才)になれば事は簡単だ。 そのためには意識の収斂が要る。 その老人はモハマッドに意識の収斂を教示するつもりなのである。 白い壁の家の中から、その老人は窓越しに西の方向に指さした。 「人間の祖・アブラハムは、このケセラという村から西へ向かった。 アブラハムから11代目の末裔にモーゼがいて、モーゼから11代目の末裔、 22代目の末裔にイエス・キリストがいて、更に11代目の末裔、33代目の末裔がいま出現しようとしている。 その進化過程がダルーンの意味するところであり、33代目の末裔はこのダルーンという標識を探して必ずこのケセラという村にやって来る筈になっている」 帰巣本能が発揮されて必ず、このケセラの村に戻ってくると、その老人は言う。 「わたしが、その33代目だと言われるんですか?」 モハマッドの質問にも、その老人は答えずに、更に続けた。 「理屈で物事を考えることは決して実現しないのだ。 そこには願望が無意識下に秘匿されているからだ。 今までの人生を振り返って見ればよくわかる筈だ。 現実に事が起こったことはすべて、考えたことではなく、感じたことの筈ではなかったかね? 願望とは考えることであって感じることではない。 今、お前さんは何かを感じている筈だ」 モハマッドは黙って聞いていた。 「わしの後をついてくるがいい・・・」 自己の意識が何かに押し流されていく感じがするモハマッドには為す業もない。 大津波が大海の中をひたひたと拡がっていくように、時空を超えた瞬間が刻を刻むように拡がっていく。 ひとつ一つの繊細なうねりが巨大なエネルギーとなって、陸地を呑み込むように、時間と空間の織り成す縞模様のうねりが、巨大なエネルギーに溶かされ、一枚の空飛ぶ絨毯となって飛んで行く。 空飛ぶ絨毯に乗った二人がケセラの村を鳥瞰する。 時速400kmで狙い定めた獲物に急直下する隼の目がズームするように、モハマッドはある一点に焦点を絞った。 「お前さんが帰る所だよ」 老人が指し示す。 「わしの後をついてくるがいい・・・」 老人の言葉で目が覚めたモハマッドの前に、嘗てバスラで訓練を受けた仲間たち全員が立っていた。 そしてマンスール・アル・ヒラジも。 「ストップ!」 マンスール・アル・ヒラジが彼らを制止した。 ナチュラル(天才)のテロリストたちが一同に会した瞬間であった。 『さあ!これから新しい世界への旅立ちだ!』 「沈黙の声」が全員の心の中で感応(Communion)した。 「意識の収斂」が現実のものとなったのである。 |