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第二十章 黄金の町・ドバイ 水平線上は世界最大の戦略基地・ホルムズ海峡であり、その水平線上に巨大なタンカーがまるでおもちゃの船のように、数十隻も往来しているのが見える世界最大のガラダリ・ホテルの展望台で二人は再会した。 ドバイの市街地から離れ、(Gulf)に面した地にガラダリ・ホテルは1980年代に建てられた。 屋内に広大なアイススケートリンクまであるこのホテルは、イラン財閥最大のガラダリ一族のシンボル的存在だった。 ゲリラ組織Al Qaedaのリーダーであるサウジアラビア人のオサマ・ビン・ラディンと多くの面で共通項を持つマンスール・アル・ヒラジの背景に、このガラダリ一族があり、共に巨大な資金源を抱えている。 テロ組織、ゲリラ組織にとっての命綱が資金源であり、巨大な資金源を持つテロ組織、ゲリラ組織は、世界の警察国家を自認するアメリカですら、手に余る強力な組織なのである。 オサマ・ビン・ラディンとはラディンの子孫オサマという添え名である。 ラディン一族はイェメン出身の名門で、サウジアラビアの財閥“サウジ・ビン・ラディン”グループと姻戚関係を持ち、一族の巨大な財産分与がテロ組織の資金源になっている。 “サウジ・ビン・ラディン”グループは世界が石油ブームで狂乱していた1930年代に、建設業で財を成し、イスラム教の二大聖地であるメッカ、メディナのモスク(寺院)の修理をサウジアラビア王家から任されたほど、王室から絶大な信頼を得ていた。 “サウジ・ビン・ラディン”グループは現在、アメリカ、ヨーロッパ、アジアに多数の支部と60数社の子会社を擁し、石油及び化学プロジェクトや通信ビジネスに従事して、50億ドル以上の資本を有している。 オサマ・ビン・ラディンはそのうち3億ドル分を保有し、スーダンの建設会社・アル・ヒジュラ、イスラム銀行のアシュ・シャマリ、投資会社・タバを所有し、ケニアに貿易会社、イェメンに機械製造会社や出版社を保有している。 “サウジ・ビン・ラディン”グループの特徴は多くのアメリカ人ビジネスマンが参加していることだ。 ブッシュ大統領一家とも金銭的関係があり、オサマ・ビン・ラディンの父・モハマッド・ビン・ラディンはブッシュ大統領の父で、元アメリカ大統領・ジョージH・Wブッシュと共に、投資グループ“カーライル”の大口投資家であり役員であったし、オサマ・ビン・ラディンの兄・サーレム・ビン・ラディンは現職アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュが嘗て経営していた石油会社の共同経営者である。 オサマ・ビン・ラディンはモハマッド・ビン・ラディンの第十七子としてサウジアラビアで生まれた。 モハマッド・ビン・ラディンには4人の妻がいて52人の子供をつくった健 啖家だ。 キング・アブドルアジズ大学経済学部を卒業したオサマは警察に勤務していた。 1979年。 ソ連がアフガニスタンに侵攻、サウジアラビア政府はアフガニスタンのイスラム教徒の抵抗運動の支援を決め、王室に近かったラディン一家に支援を要請した。 オサマは駐アフガニスタン大使に任命され、アフガン義勇兵として自己の財産を活かしてソ連軍と闘った。 アフガン義勇兵はアメリカの支援を受けていたが、ソ連の撤退後、オサマはエジプトのイスラム原理主義・テロ組織ジハード団に加わり、反米活動に転じた。 オサマ・ビン・ラディンの父親の名前はモハマッド・ビン・ラディンである。 モハマッド・ハッサンの父親の名前はオサマ・ハッサンである。 二つのゲリラ・テロ組織のリーダーの名前が共に、モハマッドとオサマであり、モハマッドは云わずと知れたイスラム教の開祖モハマッド(ムハンマド)であり、オサマはイスラム教密教スーフィズムの大ムーラ・オサマ(ウサマ)である。 イスラム教密教スーフィズムの根幹を成すのが輪舞であり、輪舞を編み出したのが天才舞踏家バーツラフ・ニジンスキーであり、ニジンスキーの後を継いだのがマンスール・アル・ヒラジだ。 ラディン家はイェメン出身であり、アラビア半島西南端に位置するイェメンという国は、昔からアフリカと関係が深い。 長靴の形をしたアラビア半島だが、上空からアラビア半島を南下して行くと、アメリカにある世界最大の渓谷グランド・キャニオンを髣髴させるような景観が迫ってくる。 一面砂漠の景観から、一気に2千メートル以上そそり立った断崖絶壁の光景に変化する。 そこがイェメンという国だ。 首都サナは海抜2500メートルの地に建設された古代の都である。 ソロモン王との恋で有名なシバの女王は、エチオピア人と言われているが、実はイェメン人である。 それほどに、イェメンとその対岸にあるエチオピアやソマリアは昔から関係が深い。 何故なら、旧約聖書の中で最もスペクタクルな場面、モーゼの出エジプト記最大の見せ場である紅海を真二つに割る場所が、イェメンとソマリア半島の間であったからだ。 ドバイからマスカット・オマーンを経由してアラビア半島の長靴の底を這って行けば、イェメンに辿り着く。 その前に、モハマッド・ハッサンとマンスール・アル・ヒラジはドバイの黄金売買専門の市場(スーク)で旧交を深めることにした。 そこには、彼らの今後に大きな影響を与えるであろう一人の人物が待っていることをモハマッドは知るべくもなかった。 |