第二十三章  カダフィーの本音

「やあ!モハマッド・ハッサン君、久しぶりだね!」
リビアの国家元首が気軽に話し掛けてきた。
モスクワでも、ワルシャワでも、そしてウィーンでも、カダフィー大佐の噂は、アメリカに骨抜きにされてしまった狂犬という類のものばかりだったことを、モハマッドは思い出していた。
「何かわたしの顔についているのかい?」
リビアの国家元首の顔を無意識のうちにまじまじと眺めていたらしい。
そのことを鏡の中の本人の口から言われてはじめて気がついたモハマッドは、やっと我に帰った。
「申し訳ありません。以前お会いした時と何も変わっておられないので、正直申しまして吃驚したのです」
『こういう時は正直な気持ちを伝えることが一番だ!』
自分に言い聞かせながらも、緊張の面持ちで返事した。
「変節した男の顔を観察してやろうとでも思われたのでしょうね・・・」
相手が如何なる者でも、態度も言葉遣いも変わらないのがカダフィー大佐の特徴だが、まったく以前と変わっていなかった。
「はい!正直申しまして、閣下は変節されたと思い込んでおりました。何故なら・・・」
リビアの国家元首に対する忌憚ない話しぶりのモハマッドを、横で見ていたマンスール・アル・ヒラジは、表情ひとつ変えないで微笑んでいた。
『彼らは深い信頼関係の上に成り立っているのだろうな・・・』
モハマッドは嫉妬に近い感情に翻弄されそうになっている自分に戸惑いながらも、冷静な自分をも見つめていた。
『俺のマンスールに対する感情は一体何なんだ!』
ウィーンのオペラ座で心理戦を闘った相手であり、ひょっとしたら愛する姉・アバスを殺した張本人かも知れなかったからだ。
姉のことを思い出すと、あの頃のことが走馬灯のように浮かんできて、思ってもしなかったような考えが泉のように湧いてくる。
『ひょっとしたら、目の前にいる人物も姉の殺人に関わっていたのでは・・・・・』
人間というものは疑い出したら際限がなくなるのに、信じることには際限が生まれるという変な生き物のようだ。
性善説には偽善の匂いがプンプンとするが、性悪説には誠実の匂いがホンノリとする。
人間社会が偽善と欺瞞に満ちたものであることは、砂漠の嵐(ハムシーン)の中で育ったモハマッドにとっては、失望の対象ではなく正義の逆対象になっている。
「聖戦(ジハード)」の概念は当初十字軍遠征によって生まれたものであるが、今や、イスラム世界の闘いに「聖戦(ジハード)」という言葉が使われているのは、まさに、正義の逆対象になったからだ。
「まあ、その誤解はこれから徐々に解いていくとして、当面の重大事の解決について君の率直な意見を聞きたいものだ」
モアマール・カダフィー国家元首は自ら話題を変えた。
それだけ彼にとって切羽詰まった状況だったのである。