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第二十四章 同根宗教 イスラム原理主義とは、元を糾せば、キリスト原理主義に辿り着く。 キリスト原理主義が生まれなければ、イスラム原理主義も生まれなかったであろう。 「聖戦」という言葉は、キリスト教の十字軍遠征から誕生したもので、「聖戦」の相手が兄弟宗教のイスラム教徒であったのは、歴史の強烈な皮肉であり、今では、イスラム世界の言葉として「聖戦(ジハード)」が、イスラム世界以外のところで、皮肉っぽく使われている。 イスラム原理主義という言葉を使い出したのは、イラン革命を指導したアヤトラ・ルホラー・ホメイニだと言われているが、イラン革命に協力したイラクのフセイン大統領、リビアのカダフィー大佐がその背景にいることを忘れてはならない。 イスラム教には二大宗派がある。 スンニー派とシーア派だ。 スンニーという言葉は、預言者モハマッド(ムハンマド)の時代から踏襲されてきた「慣行(スンナ)」を語源とし、「慣行(スンナ)に従う人」のことをアラビア語で「スンニー」と呼ぶ。 イスラム教が生まれた当初、預言者モハマッド(ムハンマド)の後継者(カリフ)を誰にするかで揉めた。 預言者モハマッド(ムハンマド)の従兄弟アリとその子孫のみが、後継者の権利を持つと主張したアリ一党(シーア・アリ)がシーア派のはじまりであるのに対して、預言者モハマッド(ムハンマド)には、バクル、ウマル、ウスマーンという三人の高弟がいて、預言者モハマッド(ムハンマド)の従兄弟アリよりもこの三人の高弟が先ず後継者(カリフ)になるべきだと主張するイスラム教徒たちをスンニー派と呼ぶ。 指導者(イマーム)を重視するシーア派に対し、預言者モハマッド(ムハンマド)の意思を体現するために、預言者モハマッド(ムハンマド)がまさに預言書として口唱した「コーラン」の四大法源である「コーラン(クルアーン」、「スンナ(慣行)」、「イジュマー(合意)」、「キヤース(類推)」を重視するのがスンニー派である。 キリスト教の二大宗派であるカトリックとプロテスタントと酷似しているのが歴史の皮肉だ。 カトリックは、聖書の教えよりもローマバチカンの司祭の教えを重視するのに対して、プロテスタントは聖書の教えを重視する。 カトリックがシーア派に似て、支配者側のための宗教であるのに対して、プロテスタントはスンニー派に似て、被支配者側のための宗教である点が、キリスト教とイスラム教が兄弟宗教でありながら反目し合う根源になっている。 キリスト教の本家は、やはり、ローマバチカンであり、プロテスタントは言わば分家であるのに対して、イスラム教の本家は、やはり、サウジアラビア・メッカのカーバ神殿を崇めるスンニー派で、シーア派はイラン、イラクを中心の言わば分家だ。 兄弟肉親同士が、お互いの利権を超えた憎しみの発露を骨肉の争いに追い求めているのが同根宗教の宿命に垣間見られる。 十字軍遠征という悲劇は、まさしく、骨肉の同根宗教だからこそ発生したものと言える。 時代の体制派、つまり、支配者、勝利者たちは十字軍遠征という「聖戦」を主張し、反体制派、つまり、被支配者、敗北者たちは「聖戦(ジハード」)を主張して、お互いに「聖戦」のために相手を殺す。 こんな馬鹿げたことを繰り返しているのが人類なのだ。 反米主義を強烈に打ち出していた頃のモアマール・カダフィー大佐と、「聖戦」の愚かしさに気づいた、今のカダフィー国家元首では、精神の依って立つ場所が完全に変わっていたのだが、それをモハマッドが理解できるであろうか。 アル・ハファイエル・スークで一緒になった3人は、一人の人物が待ち受けている場所に急行した。 その人物の名は「アリ・カリファー」だ。 |