第二十六章  アメリカ帝国の崩壊

“やあ!カダフィー閣下。おひさしぶりです”
年齢はアリ・カリファーの方が12才も上だが、外見はカダフィー大佐よりも10才以上若く見える。
“閣下はやめてください。モアマールと呼び捨てにしてください”
カダフィー大佐はアリ・カリファーの前で膝を立て一礼して言った。
“輪舞の達人マンスール・アル・ヒラジも一緒とは、これはどうしたことですかな・・・”
モハマッドの方に視線をやりながらアリ・カリファーは二人に向かって微笑んだ。
すかさずカダフィー大佐が話の本題に入った。
それだけ事情が切羽詰まっていたのである。
“導師(ババ)は、以前、アメリカ帝国は遅かれ早かれ崩壊すると言われましたね・・・”
カダフィーはスーフィーの最高指導者アリ・カリファーのことを以前から“導師(ババ)”と尊称してきた。
宗教的指導者のことを一般には“ムラー”と呼ぶが、イラン革命の指導者ルホラー・ホメイニは“アヤトラ”と尊称され、アリ・カリファーには“ババ”という尊称が与えられていた。
インドのヒンズー教の世界での覚醒者を“ババ”と呼ぶが、アラビア語での“ババ”とはまったく意味が違う。
アラビアンナイトで有名な盗賊アリ・ババと同じだ。
究極の悟りの境地になると、二律背反する言葉が完全融合して、善は悪になり、悪は善になる。
好きは嫌いになり、嫌いは好きになる。
幸福は不幸になり、不幸は幸福になる。
天国は地獄になり、地獄は天国になる。
神は悪魔になり、悪魔は神になる。
ロシア系ギリシャ人のゲオルグ・グルジェフなる神秘思想家がいた。
彼はマンスール・アル・ヒラジの輪舞の師ニジンスキーに魅了され東洋的神秘思想を西欧社会に融合させた怪人で、マンスール・アル・ヒラジの父親のモセイン・アル・ヒラジはグルジェフの高弟の一人だった。
マンスールは子供の頃、グルジェフのところへよく父に連れて行かれ、誰よりもはやくグルジェフから輪舞のマスターとして認められた程の天才であった。
ゲオルグ・ハシム28才。
冷戦の舞台に彗星の如く登場したウクライナ共和国出身のKGBエリート将校であり、モハマッドの化身でもあった男の名もまたゲオルグだった。
表面上のゲオルグ・グルジェフの様子はまるでゴロツキ(Hooligan)だが、彼の奥深いところにあるのは、底知れぬ慈悲の心だ。
他人(ひと)は、そんな彼をゴロツキ(Hooligan)と呼んだ。
イエス・キリストも当時のユダヤ人たちの大半がゴロツキ(Hooligan)と呼んで十字架に架けた。
イエス・キリストが十字架に架けられ復活した話には、その後日談が世界中にある。
日本では、聖徳太子がイエス・キリストの化身として日本の歴史に燦然と輝き、現代まで語り継がれている。
エチオピアでも、イエス・キリストの化身がエチオピア歴史上に現れていて、ソロモンに恋をしたシバの女王がソロモンの子を生み、その子孫がイエス・キリストの化身として現れたと言う。
現に、聖書では、イエス・キリストの祖先にダビデ、その子ソロモンがいて、更に遡れば、アブラハムにまで至る。
アブラハムは云わずと知れた人類の高祖アダムとイブの末裔である。
化身とは復活者のことである。
ゲオルグ・グルジェフの化身がモハマッドの化身のゲオルグ・ハシムであり、マンスール・アル・ヒラジはゲオルグ・グルジェフ自身から薫陶を受けていたのだ。
ひとの好い人格者ぶった人間など偽善の何者でもない。
彼らの底知れない慈悲など愚鈍の一般民衆に理解できるわけがなく、精々、ゴロツキ(Hooligan)と呼んで揶揄するだけだ。
“導師(ババ)は、以前、アメリカ帝国は遅かれ早かれ崩壊すると言われましたね・・・”
その時、ゴロツキ(Hooligan)の“ババ”の目が急に輝いた。
“そのアメリカの崩壊をこの若者の力によって早めたいというわけですか?”
一国の元首といえども、“ババ”の鋭い眼光に圧倒されている様子だった。
“ババ”は更に続けた。
“成るものは、おのずから、成る。
おのずからとは、自然にという意味である。
自ら然るという意味である。
ただ自らではない。
然るがつく。
すべてのことは偶然に起こる。
起こることはすべて偶然だ。
一つでも必然があったら、すべてが必然になり、畢竟、偶然になる。
偶然とはすべてだ。
必然は一部分だ。
アメリカ帝国が崩壊するのは、一つの必然を起こそうとしたからだ。
一つも無理強いすれば、すべてが崩壊する。
一つの必然が、二つの必然を生み、三つの必然を生み、・・・最後の必然を生む。
それが崩壊であり、絶滅である”
実に示唆に富んだ言葉だ。
自然とは、飽くまで、偶然の世界なのに、人類が必然に無理強いしようとした。
人類のためだけの世界にしようとした。
そんなことは土台不可能な話だ。
“ババ”カリファーはアメリカ帝国の崩壊を予言したのだ。