第二十九章  船出の時

「新しい世界」は「新しい人間」によって創られる。
そのためには、「新しい人間」は「旧い人間」を食い潰さなければならない。
その中で生き残れた「旧い人間」が積み重なって大衆になる。
猿から人類が進化しても、猿が現存する理由は、大衆化した猿のことを示唆している。
「旧い人間」とは「新しい人間」の一代前の人間のことだ。
つまり、1970年代に誕生した第32代目の人間が、これから出現してくる第33代目の「新しい人間」にとっての「旧い人間」のことである。
いつの時代にも無益な人間が大量に存在する理由がここにある。
大衆とは無益な人間の集団のことだ。
パクス・アメリカーナの時代を創ったのが第32代目の情報化社会人間、つまり、超拝金主義人間であり、パクス・ブリタニカの時代を創ったのが第31代目の大戦争社会人間、つまり、共食い社会人間であった。
第33代目の「新しい人間」の標的は第32代目の情報化社会人間、つまり、超拝金主義人間だ。
ババ・カリファーがアメリカ帝国の崩壊を予言した根拠はここにあった。
リビアの無血革命を達成したカダフィー大佐が、当時の石油メジャーに離別宣言をして以来、アンチ・アメリカの旗頭になった根拠もここにあった。
経済制裁、特に、長年の金融制裁を受けてリビア国民の生活状態が、嘗て、フランスの植民地時代に舞い戻り掛けるのを防ぐため、カダフィー国家元首は断腸の想いでアメリカに屈服する振りをした。
今こそ、煮え繰り返った腸をアメリカに放り投げる絶好機を得たのだ。
大国、すなわち、軍事大国はゲリラ戦に弱いことを、ベトナム戦争、アフガン戦争が証明した。
ゲリラ戦の二十世紀からテロ戦の二十一世紀に移ろうとしている狭間で、荒涼とした砂漠だったアラビア半島のカカトの場所で歴史的な出来事が起ころうとしているのだ。
しかもそのカカトの場所の目前に、世界の火種庫ホルムズ海峡が横たわっている。
歴史的舞台が整ったのである。
ババ・カリファー、モアマール・カダフィー、マンスール・アル・ヒラジが一斉にモハマッドに目を向けた。
“みなさんは、わたしに一体何をしろと言われるんですか?”
腹を括った表情のモハマッドに先ず声を掛けるのは、やはりマンスール・アル・ヒラジだった。
“あなたは、以前、モスクワに侵入したことがあったでしょう?”
モスクワ大学の超心理学研究室でのことを、モハマッドは想い出した。
“わたしがゲオルグ・ハシムに変身した時のことですね?”
マンスール・アル・ヒラジは肯いた。
“あの時と同じ場面をアメリカで再現しろと言われているんですね?”
ババ・カリファー、モアマール・カダフィー、マンスール・アル・ヒラジが一斉に肯いた。
こうして2001年9月11日ニューヨーク同時多発テロ事件が起きたのであり、その布石として、エンパイアステートビル爆破事件があった。
何故、モハマッド・ハッサンがゲオルグ・ハシムに変身しなければならなかったのか。
その理由を知りたいなら、冷戦の実体を見抜かなければならない。
特に、ベルリンの壁が突然作られ、南北朝鮮を遮断する38度線が作られた真の理由を知る必要がある。
ベルリンの壁が崩壊した今、唯一残された生きた化石こそが、北朝鮮という国である。
世界はこの小さな国に振り回されている。
その真の理由は何か。
モハマッド・ハッサン=ゲオルグ・ハシムのアラビア半島のカカトの場所で行われた奇妙な会談以降の行動にその答えが隠されている。