第三十一章  言葉の罠

バクダッドのメリア・マンスール・ホテルにチェックインしたモハマッド・ハッサンは、その日のうちにレンタカーを借りて、バベルの塔があったと言われる、古代アッカド・ウル・バビロニアの首都バビロンに向かった。
バクダッドを車で2時間ほど南下するとユーフラテス川に出る。
ユーフラテス川の両岸をまたいで古代の街バビロンがある。
ヘブライ人を捕囚してバビロンに奴隷として連行したネブカドネザル2世が建造したのがバベルの塔である。
旧約聖書「創世記」第11章は言う。

“もともと人々は同じ一つの言葉を話していた。
シンアルの野に集まった人々は、レンガとアスファルトを用いて天まで届く塔をつくって、ヘブライ語で「シェム」と名づけて統一しようとした。
神はこの塔を見て、言葉が同じことが原因であると考え、人々に違う言葉を話させるようにした。
このため、彼らは混乱し、世界各地へ散っていった。”

シュメール人を人種のルーツとして、インド・アーリア系白人種、アフリカンブラック黒人種、モンゴロイド系黄色人種がバベルで誕生し、世界に散っていった話のルーツである。
世界には3000種類の民族と5000種類の言語がある。
元を糾せば、インド・アーリア系白人種、アフリカンブラック黒人種、モンゴロイド系黄色人種という3種類の人種と一つの言語だけの時代があった。
それがバベルの塔がつくられて、3種類の人種が世界へ散って行き、5000種類の言語ができてしまったのである。
言葉とは、「二元論」をベースに成り立っている。
「右」という言葉が生まれれば「左」という言葉が必ず生まれる。
「正」という言葉が生まれれば「負」という言葉が必ず生まれる。
「善」という言葉が生まれれば「悪」という言葉が必ず生まれる。
「天国」という言葉が生まれれば「地獄」という言葉が必ず生まれる。
「神」という言葉が生まれれば「悪魔」という言葉が必ず生まれる。
「健康」という言葉が生まれれば「病気」という言葉が必ず生まれる。
「幸福」という言葉が生まれれば「不幸」という言葉が必ず生まれる。
言葉とは、更に間違った「二元論」をベースに成り立っている。
実は生まれた言葉の順序が反対だ。
「左」という言葉が生まれてはじめて「右」という言葉が生まれた。
「負」という言葉が生まれてはじめて「正」という言葉が生まれた。
「悪」という言葉が生まれてはじめて「善」という言葉が生まれた。
「地獄」という言葉が生まれてはじめて「天国」という言葉が生まれた。
「悪魔」という言葉が生まれてはじめて「神」という言葉が生まれた。
「病気」という言葉が生まれてはじめて「健康」という言葉が生まれた。
「不幸」という言葉が生まれてはじめて「幸福」という言葉が生まれた。
何故なら、
「左」という現象が実在で、「右」は「左」の不在概念に過ぎないからだ。
「負」という現象が実在で、「正」は「負」の不在概念に過ぎないからだ。
「悪」という現象が実在で、「善」は「悪」の不在概念に過ぎないからだ。
「地獄」という現象が実在で、「天国」は「地獄」の不在概念に過ぎないからだ。
「悪魔」という現象が実在で、「神」は「悪魔」の不在概念に過ぎないからだ。
「病気」という現象が実在で、「健康」は「病気」の不在概念に過ぎないからだ。
「不幸」という現象が実在で、「幸福」は「不幸」の不在概念に過ぎないからだ。
これは実におかしい。
実在である「不幸」という言葉が生まれてはじめて、「不幸」の不在概念として「幸福」という言葉が生まれた。
こんな事は絶対に起こり得ない。
「幸福(Happy)」という言葉が生まれない限り、「不幸福(Unhappy)」という言葉は生まれ得ない。
言葉の罠がここにある。
神が多くの言葉を人々に話させたとするなら、神が罠を仕掛けたことになる。
神は何のために、人類に錯覚の罠を仕掛けたのか。
神は一体何のための神なのか。
モハマッド・ハッサンはその理由(わけ)を知るためにバビロンに向かったのである。