第三十三章  時空を超えた庭園

旧約聖書「創世記」第11章は言う。
世界の言語がひとつであった昔、人々は集まって天まで届く塔を造り始めた。神はこれを見て、人間の尊大さを凝らしめるため、言葉を乱して、お互いに意志が通じ合わないようにした。
そのため、塔の建設は中止され、人間は以後各地に分散し、それぞれの地方の言葉を話すようになった。
「バベルの塔」は実際に存在したのである。
新バビロニアの王ネブカドネザル二世が造ったといわれる神殿がそれである。
現在はその基盤の跡しか残っていないが、推定される塔は縦・横・高さともに90メートルの大きさの四角錐で、7段になっており、頂上へはらせん状の階段が設けられていた。
アレキサンダー大王がバビロンに立ち寄って、このバベルの塔を再建しようと計画したが、崩壊した塔のれんがを取り除くだけで、一万人の労働者を使って二ヵ月もかかるほどで、この神殿の大きさが十分想像できる。
雄大なユーフラテス川の水面に映ったバベルの塔の実物はもはや存在しないが、空中庭園が今でも大河の水面にその華麗な姿を映し出している。
古代都市バビロンに着いたモハマッド・ハッサンは、歴史上はバベルの塔と同じく消滅してしまった空中庭園の中に入っていった。
時空を超えるとは奇跡的なことではなく、ごく当たり前の出来事であるのだが、経験する当人の意識が覚醒しているか、眠っているかの違いによって生じる現象に過ぎない。
人間のみならず、他の生物も夢を体験する。
植物も鉱物も夢を体験する。
夢を体験するとは、夢を見、夢を聞き、夢を匂い、夢を味わい、夢を肌で感じる、すべてを言う。
人間の場合だけ、夢を見ると言うが、夢を聞き、夢を肌で感じることも体験している。
植物や鉱物の場合は、夢を肌で感じるだけだが、時と場合、つまり、時空の状況によっては、夢を見たり、夢を聞いたり、夢を匂ったり、夢を味わったりもできる。
人間以外の生き物は動物・植物・鉱物すべて、夢も現実も違いはない。
人間だけが、夢と現実を区別している。
イエス・キリストが死海の水面を歩いたと伝えられている。
人間は飽くまで伝説だと主張する。
夢と現実の区別の無い他の生き物なら、すぐに理解できるのである。
空中庭園の中に入っていったモハマッド・ハッサンはイエス・キリストやムハンマドと同じ体験ゾーンに突入したのだ。
空中庭園。
この庭園は、やはりネブカドネザル二世が隣国メディアから嫁いできた愛妻アミティスのために建設したものである。
王妃アミティスは、故郷の多くの草木が茂るメディアの野山が忘れられず、毎日淋しい日々を過ごしていた。
それを知った王は妃を慰めようと、メディアの国の山に似た階段状の庭園を造ったのである。
空中庭園は、42メートル×30メートルの中に細長い部屋がいくつも並べて造られており、丸天井になっている。
庭園には各地の珍しい草木が植えられ、一年中青々と、そしてまた色とりどりの花が咲いている。
これらの草木を暑いバビロンで常に青々とさせておくためには、七段になった各テラスまで毎日水を運ばなければならない。
どうやって各テラスまで水を供給するか、そこに不思議な仕掛けがあったのだが、これはまだ解明されていないバビロンの謎なのだ。
モハマッド・ハッサンは無意識の中をユーフラテス川の水中に入って行った。