|
第三十六章 メジャー 国際石油資本、通称、メジャーと呼ばれている。 嘗ては、セブン・シスターズと呼ばれていたが、今では、スリー・シスターズになってしまった。 エクソン、ロイヤルダッチ・シェル、BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)のスリー・シスターズだ。 ロックフェラー率いるスタンダード石油・グループが再び一緒になってエクソンとなったからである。 メジャーとは、資本力と政治力で石油の採掘、生産、輸送、精製、販売までの全段階を垂直統合で行い、シェアの大部分を寡占する石油系巨大企業複合体の総称。特に、第二次世界大戦後から1960年代まで、石油の生産をほぼ独占状態に置いた7社をセブン・シスターズ(セブン・メジャー)と呼んだ。 フランス石油(CFP改めTOTAL)を加えエイト・メジャーズとも言い、資源ナショナリズムにより石油輸出国機構(OPEC)が主導権を握るまで、世界の石油のほぼ全てを支配していた。 セブン・シスターズのうち、イギリス資本系のBP(ブリティッシュ・ペトロリアム)とイギリスとオランダ資本系のロイヤルダッチ・シェルを除き、アメリカ資本である。 また、エクソンやモービルなどは、ロックフェラーが創業し、1911年に分割されたスタンダード・オイルが母体である。 1911年、史上初めて独占禁止法によりスタンダード・オイルが分割され、エクソン、シェブロン、モービルが誕生した。 1928年、赤線協定を結ぶ。 これは、セブン・シスターズ内で、現在のトルコとイラク領内の油田権益の独占と、単独開発の禁止をとりきめたカルテルである。その後、1930年代に入るとアクナキャリ協定を結び、独占禁止法の強いアメリカと油田が国有化されたソビエト連邦以外の石油市場で各社の販売シェアを固定すると取り決めた。 その後、サウジアラビアやクウェート、リビアなどで大規模な油田が開発されるが、セブン・シスターズの独占は続いた。 第二次世界大戦後、石油の需要は急拡大する。少数の企業による石油需要の予測と生産割当てが功を奏し、1960年代末までは、ほぼ安定した価格で原油が取り引きされた。 これは、国際カルテルの極めて少ない功績の一つだ。 1950年代、大規模な油田開発が続き、原油の供給過剰が慢性化してくる。 するとメジャーは公定価格を段階的に引き下げた。 これに産油国が不満を持ち、1960年に石油輸出国機構(OPEC)が結成される。 1970年代に入ると、反アメリカ・反ヨーロッパの風潮が産油国に広まる。メジャー支配脱却を狙っていた産油国は、次々と石油開発への経営参加、国有化を推進した。 1972年には、アルジェリアの油田がフランス資本から国有化された。 リビアもBP(ブリティッシュ・ペトロリアム)の所有していた油田を国有化する。 1976年、サウジアラビアでの原油採掘を独占してきたアラムコ(ARAMCO:サウジアラビア国営石油会社)の大株主であったエクソン、モービル、テキサコ、シェブロンの4社はサウジアラビア政府に株式を譲渡。 ここに、セブン・シスターズによる石油支配は終わりを告げた。 オイルショックを契機として、石油価格の決定権が石油輸出国機構(OPECなどの産油国に移り、影響力は一時は小さくなった。 しかし、企業合併を進め合理化を推進し、7社は2006年には統合を繰り返し、エクソンモービル、シェブロン(2005年にシェブロン・テキサコから改称)、BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)、ロイヤルダッチ・シェルの4社に統合された。 一部の石油評論家は、この動きをスーパー・メジャーと呼び、再び石油マーケットを支配する恣意的な動きだと揶揄している。 メジャーがセブン・シスターズからスリー・シスターズ、すなわち、スーパー・メジャーになったことで、世界の動きはますますキナ臭くなっていくのである。 |