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第三十七章 格差社会登場の陰謀 国際石油資本、嘗ては、セブン・シスターズと呼ばれて、今では、スーパースリー・シスターズと呼ばれているエクソン、ロイヤルダッチ・シェル、BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)とアラムコ(ARAMCO:サウジアラビア国営石油会社)といった民族石油資本の関係は新たな段階に入った。 1983年5月、テキサコはアメリカ合衆国南部テキサス州で産出される原油を、ニューヨーク商業取引所に先物商品として上場した。 WTI(West Texas Intermediate)という石油先物取引商品の誕生である。 アメリカ合衆国南部のテキサス州を中心に産出される原油は、アメリカ国内で産出される原油の6%、世界で産出される原油の1〜2%ほどを占めるに過ぎないが、その価格は世界の原油価格の中で最も有力な指標である。 硫黄分が少ないため、ガソリンや石油製品の製造に適した軽質油である。 実際のWTI(West Texas Intermediate)の一日あたり産出量は100万バレルに満たないのに対し、WTI(West Texas Intermediate)先物の一日あたり取引量は100倍の1億バレルを超え、価格の大きな変動(中でも値上がり)は世界経済に直接大きな影響を及ぼす。 このように、取引量に比べ産出量はごくわずかのため、実際には、他の原油をWTI(West Texas Intermediate)と同質となるようにブレンドしたもので受け渡しが行われる。 世界の主な輸入原油(中東産)はペルシャ湾諸国の石油輸出国機構(OPEC)(こちらは重質油)価格に左右されるが、この石油輸出国機構(OPEC)産原油価格自体もWTI(West Texas Intermediate)価格に大きく左右されている始末だ。 たかだかアメリカ国内の自動車用ガソリンの供給に過ぎないWTI価格が、世界の石油市場価格のプライス・リーダーとしてイニシアチブを握っているわけだ。 ペルシャ湾諸国の石油輸出国機構(OPEC)にとっては、痛し痒しの状況なのである。 1974年と1979年のオイルショックによって、1バレル30ドルにまで跳ね上がった原油価格が、1985年のニューヨークプラザホテルのG5以降、下げ続けた。 WTI(West Texas Intermediate)の登場がそれを止めた。 バブル経済破裂後の失われた10年である1990年代には原油価格は下げ続け、1999年1月1日の1バレル12ドルの底値まで行ったが、WTI(West Texas Intermediate)のお蔭で、2000年1月1日には、一気に1バレル28ドルまで反発、2001年9月11日のニューヨーク多発テロ事件で一時下げに転じたが、以降、2003年には1バレル34ドル、2004年には1バレル56ドル、2005年には1バレル71ドル、2006年には1バレル78ドルという史上最高値を更新した。 アラブ産油国もWTI(West Texas Intermediate)のお陰で、オイルダラーの金持ちに復活できたのである。 第一次、第二次オイルショックで漁夫の利を得たのは民族石油資本だけだったが、目に見えない今回の第三次オイルショックでは、民族石油資本、つまり、産油国のみならず、国際石油資本、つまり、メジャーも巨大な利益を得たのだ。 漁夫の利を得た連中がいれば、漁夫の不利を蒙った連中が必ずいる。 ガソリンといった石油小売商品を買う一般消費者が巨大な不利を蒙った。 1990年代のいわゆる「失われた10年」を本当に失ったのは、一般大衆なのであり、格差社会は失われた10年の後、つまり、二十一世紀になっていよいよ台頭して来るのである。 |