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第三十九章 行動開始 “スーフィー・アル・ヒラジ!モハマッド・ハッサンがバビロンに潜入しました!あなたの方は万端整っていますか?” 一国の国家元首がマンスール・アル・ヒラジに敬語を使っている。 カダフィー大佐が敬虔なイスラム教徒であることを物語っていた。 その時、テヘランのインターコンチネンタル・ホテルの一室では、マンスールの弟子たちが彼を取り囲み輪舞に耽っていた。 “ストップ!” 受話器を耳に当てながら、マンスールは大声で叫んだ。 弟子たちは恍惚状態のまま立ち止まっている。 “ストップ・エクササイズをされていたんですか・・・” 受話器の向こう側で独り言を言っているカダフィー大佐に耳を傾けながらも、弟子たちの方に意識を集中しているマンスールの表情が柔らかくなった。 “閣下!失礼いたしました!コーラムシャーに弟子たちを今から赴かせるところでした・・・” 彼の弟子たちとは暗殺者集団・アサッシンのことだ。 “モハマッド・ハッサンがユーフラテス川の例の空中庭園に潜入しましたから、コーラムシャーの出口に着くのは10時間後ぐらいでしょう・・・” カダフィー大佐の言葉を静かに聞いていたマンスールは、弟子たちに向かって指を鳴らした。 “パチッ!” 乾燥したところでは、甲高い音になる。 人形のように固まっていた弟子たちがスローモーションのように動き始め、マンスールは訳のわからない擬声音を発した。 “ガハール、イルマッシア!” ペルシャ語(ファルシー)は擬声音が多い。 “行動開始だ!” イラクのモハマッド・ハッサンとイランのマンスール・アル・ヒラジの連携プレーがカダフィー大佐の指示の下、開始されたのである。 カダフィー大佐は思い出していた。 1969年9月1日、若干27才の陸軍少佐モアマール・カダフィーは、大群集を前に、王制打倒を高々と打ち上げた。 その目的は、第三次中東戦争による、スエズ運河が閉鎖されて以来、地中海に面している産油国リビアを支配していた国際石油資本に対抗するためであった。 1951年にイタリアの支配下にあったリビアは、イタリア敗戦によりリビア王国として独立した。 しかし、スエズ運河閉鎖によりペルシャ湾からのタンカーの地中海への道を断たれた国際石油資本は、特にソ連と太いパイプを持つ、ロシア系ユダヤ人のアーマンド・ハマー会長率いるオキシデンタル社を中心に、欧州への石油供給拠点としてリビア王国に白羽の矢をたてた。 欧州への石油供給の25%を国際石油資本から強制的に担されたリビア国王に不満を抱いたカダフィー陸軍少佐は、他の青年将校と共に、国際石油資本からの自由を得るための革命であると大衆に訴えたのだ。 それまで、イスラエルに対する憎悪をそれほど持っていなかったモアマール・カダフィーは、通称ドクター・ハマーがソ連と気脈を通じたユダヤ人であったことから、一気に反ユダヤ主義に傾倒し、イスラム世界建設へと走らせた。 カダフィーが反米主義だと思われているが、アメリカの国際石油資本、特にロックフェラー一族が支配するスタンダード石油傘下の石油メジャーに対するアンチテーゼが、その実体であることを世界は余り知らない。 結果的には、アメリカという国は、ロシア革命、第一次世界大戦、世界大恐慌というアメリカに住むロシア系ユダヤ人によるシナリオによって、彼らに支配される国となっていったのだ。 アメリカ大統領は、単に彼らの前衛に過ぎない。 最も典型なのが、ニューディール政策によって、歴代アメリカ大統領の中で唯一12年間、その職に就いていたフランクリン・ルーズベルトだ。 彼は、最も汚職にまみれた大統領であるにも拘らず、名大統領の名をほしいままにした。 実際は、ロックフェラーの指示で動いていただけである。 石油が中東のアラブ地域で大量に埋蔵されていることが判った彼らは、石油シンジケートを結成した。いわゆる石油メジャーの誕生だ。 結果、アラブ諸国を支配する戦略が各産油国で展開され、産油国のすべてが立憲君主制国家であったことから、王家と結託して油田の発見・掘削から精製、そして卸しまでの権利を掌握し、油田は産油国にあっても、実質の支配者は、彼ら石油メジャーだった。 しかし、イラクとリビアに反発が起き、王制は崩壊し、共和制社会主義国家となっていった。 イランも結局、その後、仲間入りすることになるのだが、彼らの共通テーマは反米であり、それは今もなお続いている。 戦争というものの原因は、常に経済問題がその根源にあり、二十世紀に入ってからは石油問題が常に戦争の動機・原因になっている。 それほど、国際石油資本つまり石油メジャーの影響力は大きかったのである。 アラブのイスラム教圏世界の建設の動機は、決してイスラム教対キリスト教・ユダヤ教という宗教問題ではなく、石油の利権を守ろうとする石油メジャーからの産油国の独立であった。 モアマール・カダフィーが、革命後、最初に取り組んだのが、石油メジャーとの石油価格交渉であったことが、その目的を如実に表している。 評議会議長になったモアマール・カダフィーは実質、社会主義人民リビア・アラブ共和国の国家元首であったが、革命後陸軍大佐になったまま、陸軍キャンプに常駐する生活スタイルを変えなかった。 “結局は、メジャーが諸悪の根源だ!” カダフィー大佐は確信していた。 |