第四十章  ある日本人

カダフィー大佐はエジプトの首都カイロで、ある日本人に出会ったことがある。
1979年3月31日。
テヘラン・メーラバード国際空港前の大広場に100万人の民衆が集結して、パーレビ国王の打倒を叫んだ。
その日本人の名は村木兵庫。
村木兵庫はある日本のタイヤメーカーのイラン駐在員だった。
古代ペルセポリスの遺跡がある都市シラズにタイヤ工場を持つ日本のタイヤトップメーカーの社員だった村木はテヘランに住んでいた。
1979年2月10日。
テヘランから南100kmほど下ったところにある古都コムで暴動騒ぎが起きたのを、不思議な思いで村木は車の中から目撃した。
イラン警察の連中がコムの街の中に集結しているのである。
日本の機動隊員が持つ楯を彼らが装着している異常な光景だった。
“どうして独裁的な国でこんな事が起こるのか?”
イラン随一の美しい古都イスファハンに出張する途中で遭遇したのである。
イランの暦は独自のイラン暦を採用していて、2月21日が元日で、「ノールーズ」と呼ばれている。
日本で言う「正月」だ。
正月休みはほぼ一ヶ月あるから、村木はその前に集金をする目的でイスファハンに向かっていたのである。
“あれから2ヶ月も経っていないのに、この国はひっくり返ってしまった!”
メーラバード国際空港の出発ロビーで村木は感慨深く外の大広場の光景を眺めていた。
1979年4月1日。
イランは国民投票によりイスラム共和国の樹立を宣言し、アヤトラ・ルホーラ・ホメイニが提唱した「法学者の統治」に基づく国家体制の構築を掲げた。
パーレビ体制の国の下で事業展開をしていた村木の会社は、新政府から没収されることは目に見えていて、身の危険を感じて国外脱出を図ったのである。
村木は当面の脱出先カイロに向かう便に乗った。
メーラバード国際空港前の大広場の光景が脳裏に焼きついたまま、村木はカイロ国際空港のロビーを出た。
“ああ、こっちの大広場は平和だ!”
“村木兵庫さんですか?”
村木の背中を突き刺すような甲高い声が聞こえた。
後ろを振り向くと、軍服姿の男が立っている。
誘われるままに村木は治外法権の公用車の座席に乗り込んだ。
“村木さんは、ユダヤプロトコールをいまお持ちでしょう?”
村木はその時、この男の目的を知った。
知らぬ振りをしても無駄だと悟った村木は正直に答えた。
“ええ、いま持っていますよ・・・”
“カダフィー大佐があなたをお待ちになっています”
村木は吃驚した。
二人の運命的な出会いがこれから始まろうとしていた。