第四十一章  思い出のビデオ倶楽部

村木兵庫を乗せたディプロマート車はギザ通りを北上した。
ギザ通りの突き当たりに、有名なギザのピラミッドがある。
カイロの市街地を抜け切ったところに小高い丘があり、その向こう側にサハラ砂漠が大きな口を開けて待っている。
まさに、ここから地獄の一丁目と言っているかのように、巨大な三つのピラミッドがその勇姿を見せる。
車のブレーキ音が静かに響く。
“ここはビデオ倶楽部だ!”
村木兵庫が呟いた。
日本人の心情を見抜くように、助手席に座っていた軍服姿の男も過去に想いを馳せながら呟いた。
“そうだ!ここはビデオ倶楽部だ!”
カスティーヨ・ハッサン。
モハマッド・ハッサンの父、オサマの末弟で、モハマッドにとっては叔父になる。
カイロ中央警察の警部をしていると、モハマッドも聞いたことがあったが、まだ一度も会ったことはなかったのだ。
父のオサマは長男で、末弟のカスティーヨとは20才も歳が離れていた。
長男のオサマから見れば、弟というより子供のように思っていた。
カスティーヨはハッサン家の末子ということで、小さな時から、イスラム教の僧侶ムラになるべく運命づけられていた。
12才で、エジプトでは珍しい、シーア派のザガジッグ・モスクで修行する為に出家し、18才でザガジッグ・モスクの筆頭ムラになった程のエリートだった。
毎朝5時にモスクから流すコーランの祈りの言葉を、15才の時からカスティーヨが担当して、カイロ中のモスクの中で、最も美しい祈りをするムラとして名声を博していたのだ。
1958年の第一次中東戦争が勃発して、18才のカスティーヨは連合軍に志願してシナイ半島に派兵された。
イスラエル軍による凄まじい近代兵器による攻撃に衝撃を受け、アラーの神に対する絶対的信頼を喪失してしまったのだ。
キリスト教徒も、ユダヤ教徒も、異教徒との戦いを「聖戦」と呼ぶ。
一神教の世界では、自分たちの神以外は認めないのだ。
唯一の自分たちの神の為に戦うから聖戦と呼ぶ。
しかし、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の唯一神は、同じヤーヴェの神なのである。
実は、アラーの神もヤーヴェの神と同一神だ。
神が天地創造をした時に、天地の意識として、「在るべくして在るもの」と宣言したからで、その言葉をヘブライ語にするとヤーヴェとなり、アラブ語ではアラーとなるが、要は、"I am that I am"ということである。
聖戦であるからこそ、出家したムラの立場でありながら、カスティーヨは軍隊に自ら入った。
しかし、シナイ半島でカスティーヨを待っていたものは、宗教に対する失望だけであった。
心をずたずたにされたカスティーヨだったが、目から鱗が落ちる気持ちでもあったことは確かだ。
“敵のイスラエル軍もヤーヴェの神の名の下に、聖戦と叫んで絶対勝利を信じている。我々アラブ連合軍もアラーの神の名の下に、聖戦と叫んでいる。どちらも絶対勝利を信じて、同じ神の下で殺し合いをする。こんな矛盾した話はない!”
そう思ったカスティーヨは、ヘルメットと軍服を投げ捨て、カイロに帰って来て、カイロ警察の警官になったのだが、巷間では、対イスラエルゲリラ組織をつくる為に奔走していると、モハマッドは父のオサマから聞いていた。
カスティーヨの最大の切り札は、ギザのピラミッドで発掘された「死人の書」を解読できる唯一のムラとしての名声だった。
彼が号令を掛ければ、多くの若者が馳せ参じるだろう。
ナセルが健在であった時は、公にゲリラ組織を結成する作業を推進できたカスティーヨだったが、サダト大統領になって、イスラエルとの協調路線が明確になってきた為に、地下組織に潜らざるを得なくなっていた。
カイロ中央警察の警部という肩書で、カモフラージュしていたのだ。
ドッキ・シェラトンホテルの爆破事件は、イスラエルのCIAであるモサドが仕掛けたことは明白であったから、しょっぱなから、カスティーヨが出て来たのだが、甥のモハマッドが絡んだ事件だと知って、さっさと引き上げたのである。
そんな事情を知らないモハマッドは、無事だったハンナとの再会を祝って、ギザ通りにある、ビデオ倶楽部で夕食をすることにした。