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第四十四章 カダフィーの影武者 「村木さん!」 車の助手席に座っていた軍服姿の男が、想いに耽っている村木に小さな声で囁いた。 『変わった白日夢を観ていたなあ!』 村木の想いを見抜けるのか、軍服姿の男が間髪を入れずに言う。 「ビデオ倶楽部ははじめてではないのですね?」 村木は現実と夢の間を往来していたらしい。 「サダト大統領と以前に、ビデオ倶楽部でお会いしたような気がします」 「サダト大統領を暗殺したと目されているカダフィー大佐とこれからお会いになるとは、まさしく歴史の皮肉なんでしょうかね?」 軍服姿の男は、「わたしの名前は、マンスール・アル・ヒラジです」と言って手を差し伸べてきた。 『マンスール・アル・ヒラジ?聞き覚えのある名前だな・・・』 それもその筈だ。 村木が住んでいたイランでは、「マンスール・アル・ヒラジ」という名前は、イスラム教の開祖ムハンマドよりも有名である。 スコットランドをイングランドから独立させた英雄ウィリアム・ウォーレスのことを、スコットランド人は「ブレーブ・ハート」と尊称する。 イングランドに連行され、死刑の判決を受けたウィリアム・ウォーレスは、「自分の罪を認めるなら、楽な死に方をさせてやる」と言われながらも、「スコットランドは自由だ!」と叫び続け、自分の体を切り刻まれていった。 マンスール・アル・ヒラジはウィリアム・ウォーレスよりも更に「ブレーブ・ハート」だ。 ウィリアム・ウォーレスは故国のために、体を切り刻まれた。 マンスール・アル・ヒラジは人類のために、体を切り刻まれた。 “ひとりのイスラム教徒がコーランを熟読して、読誦(どくじゅ)出来るほどになっていた。 突然、彼は、アラーの神は唯一神などではなく、誰の中にもいると悟った。 そして、みんなの前で、『Anal Hak(アナル・ハク)!』と叫んだ。 『我は真理。我は神!』という意味だ。 インドのゴータマ・シッダルタが、『すべての人間の中に神性がある』と悟ったのと同じである。 ところが、イスラム教の教義では、アラーの神だけが唯一の神である。 イスラム教徒は彼がアラーの神を冒涜したと思った。 イエスは『我は神の子』と言って、『イエスは律法を犯した』と当時の権力者であるパリサイ人律法学者によって十字架に架けられた。 イスラム教徒たちも、アラーの神を冒涜したと怒り、マンスールをイエスのように十字架に架けた。 そしてイエスの磔刑も霞んでしまうばかりの拷問を加えた。 まず十字架に架けたマンスールの両足を切り落した。 それでも、彼は『Anal Hak(アナル・ハク)!』と叫び、歓喜の想いで笑っていた。 今度は、彼の手を切り落した。 それでも彼は生きていた。そして『Anal Hak(アナル・ハク)!』と依然叫んで笑っていた。 更に、舌を切り取り、目をくり抜いても、彼は生きていた。 そして、心の中で、『Anal Hak(アナル・ハク)!』と叫び笑っていた。 そして最後に首を切り落された。 テヘランのメーラバード国際空港のロビーから、目の前の広場で「シャーハン・シャーを十字架に!」と100万人の民衆が叫んでいるのを聞いていた村木は、怖れをなしてリビアに亡命したパーレビ国王と、マンスール・アル・ヒラジの余りの差に愕然とした想いが蘇ってきたのである。 「村木さん!」 白昼夢から覚めた村木の目の前には、リビアの国家元首モアマール・カダフィーが立っていた。 |