第五十九章  思いがけない出逢い

『エリザベスじゃないか!』
マスカット空港で別れたエリザベスが、二人の前に突如現れたのである。
ロンドンの大英博物館で働いている筈の彼女がなぜ地の果てのような国にいるのか、村木は呆然としていた。
イランの古都マシャッドでお互いの想いを知った二人だったが、運命の糸は彼らを引き離し、数奇な出来事を克服した後、オマーンのマスカット空港ですっきりした別離をしたつもりだった。
カスピ海を眺めながら一夜を車の中で過ごしたこと、その直後に一通の手紙を残してロンドンに旅立ったこと、そして、その後数奇な出来事に巻き込まれた挙句、村木によって助けられたが、再び、二人を待ち受けていたのは、悲しい別離だった。
村木の脳裏に走馬灯のように想いが巡った。

「村木さんへ。
十八年ぶりのあなたとの再会は、思いがけないことから実現しました。
あなたがテヘランに来ているということを、クセインさんの弟であるジャミールさんから電話で聞いて、ロンドンから飛んで帰って来ました。
ジャミールさんは、お父上の望まれたわたしとの結婚を敢えて断ってくれました。
わたしの想いを知っておられたからです。
本当に、あのご家族には感謝しています。
十八年前、わたしが十七歳で、ロンドンの学校から帰っていた時に、あなたは、わたしの前に現れたのです。
あなたは、その時二十六才だと言っておられ、結婚して二年目だと言われました。
その時、わたしは別に大した印象はありませんでした。
ところが、マシャッドのモスクをご案内した時、あなたは無精ひげで、髪は伸び放題のお顔にも拘らず、ドームの青い光に照らされて輝いて見え、そして目が光っていたのを見た瞬間、わたしの中に、あなたの存在が大きくなっていくのを感じたのです。
まだ十七才でしたし、こういう国に生まれたわたしは、まだ男女の恋愛経験はありませんでしたので、あなたの目の光は何だったのかよくわかりませんでした。
しかし、その後、父からあなたの大きな心の傷のことを聞いたわたしは、もう結婚はしないと決心したのです。
そして、ロンドンにそのまま住みついてしまいました。
ロンドンでは、たまたまの縁で大英博物館に務めることが出来、仕事はとても満足しています。
わたしは、もう三十五才になりました。
だけど、あなたとの再会で、独りで生きてゆける自信がつきました。
ロンドンで住んでいるのも、あなたの思い出を大事にしたい為に、ハノーバー・スクエアーの近くのアパートです。
日本企業が多くて、日本語を勉強できるからです。
昨夜の『燃える秋』も『フィーリング』も、ロンドンで一所懸命日本語の歌詞を憶えたのです。
昨夜、カジさんが歌っていた時、わたしも一緒に歌っていました。
本当に逢えて良かったと思います。
この世で再び逢えることがなくても、もう今のわたしには充分あなたの思い出を昨夜頂いたので、思い残すことはありません。
本当にありがとう。さようなら!エリザベスより」

「本当にお別離です。愛しています。さようなら」と言って飛行機の中に消えていったエリザベス。

『またもや、数奇な出来事が待ち受けているのだろうか?』
村木はエリザベスの顔を見ながら胸の中で呟いた。