第六十一章  イスラム文明

「ナターシャ・カミンスキー!」
モハマッドがエリザベスに向かって叫んだ。
殺人マシーンとモンストレスとの闘いの火蓋が切って落とされた。
目も眩むばかりの俊敏な動きをするモハマッドに対して、エリザベスは女特有のスローモーション的柔らかさの動きで対抗する。
間に入って右往左往する村木を尻目にふたりのプロフェッショナルは、ホテルの外に出ていった。
一般民衆や村木を巻き込むまいとするふたりの配慮がそうさせたのである。
ホテルの外から乾いた爆発音がする。
「きゃあ!」
女性の悲鳴声が響いた。
『まさか!エリザベスが?』
村木が咄嗟に思ったのは、やはりエリザベスのことだった。
サムシティーホテルの前は、北イエーメンの首都サヌア一の目抜き通りであり、北イエーメンは世界で最も文明の遅れた国だと、いわゆる先進国は揶揄しているだけに、未だに馬車が走り、剣を胴につけた男連中が闊歩する。
そんな中で、銃を持った人間が撃ちあいをすることは、極めて危険な状態を誘発する。
嘗て、八人のフランス人観光客が、このサヌア一の目抜き通りで、剣を胴につけた男連中に斬り殺された事件があった。
八人のフランス人観光客がチャドルをつけた北イエーメンの女性を茶化したからである。
先進国では文明の遅れた野蛮な国だと言うわけである。
村木の生まれ育った日本でも、「生麦事件」といって、イギリス人が剣を持った侍に斬り殺された事件が嘗てあった。
では、日本も文明の遅れた野蛮な国だと言うわけか。
単なる文明の違いだけで、文明の程度の問題ではない。
キリスト文明とイスラム文明の違いだけで、キリスト文明が進んでいて、イスラム文明が遅れているわけでは決してない。
『やばい!』
村木は、ふたりの危険を心配したのだが、案の定だった。