第六十二章  大衆の恐さ

ホテルの前には大勢の人だかりで、ふたりの様子がまったくわからない。
なんとか割って入ろうとするのだが、何重にもなった人だかりは、頑丈なコンクリートの壁になって村木に立ち塞がった。
20年以上も前の同じ北イエーメンでの出来事を村木は思い出した。
一人の山賊が公開死刑に処せられる場面に出喰わしたのだ。
北イエーメンでは今でも山賊が出没して、町まで襲ってくることが多々ある。
町ごとに自警団を結成して自己防衛に当たっていて、夜間になると、自警団が検問している。
検問に出喰わすと無条件で服従しなければならない。
従わなければ、問答無用で射殺されるから、住民でも夜間出歩くのは命懸けだ。
山賊たちは無防備の子供を襲うことが多い。
死刑に処せられる山賊は10才の少年を襲って強姦した上に、喉を掻き切って殺したらしい。
刑務所から引き摺り出された囚人の首と両足には鎖が繋がれていて、銃を持っている10人の刑務員と一緒に公衆の前に現れた。
人だかりの壁は何重もの円形になって、その中心に死刑囚が立っている。
突然、銃を持った刑務員の一人が死刑囚を蹴り倒した。
首と両足を鎖で繋がれている囚人は自由を奪われて、地面に叩きつけられた。
何百人といる公衆が一瞬静まり返った。
「パン!パン!パン!パン!・・・・」
数えきれない程の乾いた銃声が紺壁の空に響き渡った。
地面に這い蹲る囚人の体が跳び上がっては跳び落ちる。
数分経過してから、地面が血の海と化した。
「ヤッホー!イエーイ!・・・」
一瞬の沈黙の後に、大衆の叫び声が谺した。
一部始終を見ていた村木は大衆の愚かさと恐ろしさを知った。
『まさか、ふたりが!』
彼は必死に人だかりを掻き分けた。