第六十四章  自爆テロ

リンチとは私刑だ。
死刑が合法的であるのに対して、リンチは非合法というわけだ。
モハマッドとエリザベスを囲い込んだ群衆は、名うてのリンチ集団である。
嘗て、8人のフランス人を斬り殺したのも、北イエーメンの首都サヌア一のリンチ集団だった。
村木がいくら集団の中に入り込もうとしても、何重もの人間の壁が彼の侵入を阻止している。
「エリザベス!」
彼は必死の呈で、集団の中心に向かって叫んだ。
そうすると、集団が一個の意思を持ったように動き出し、村木もそのうねりに巻き込まれて、否応なしに動き出し、それと同時に何とも云えない悪臭が辺りに漂い始めた。
その数秒後に、「ドカン!ドカン!ドカン!」と爆発音が周囲に轟くと、強固な意志で以って維持されていた人間の壁が一瞬に散らばって、まるで、原爆が投下された後に発生するキノコ雲が、爆心地から猛烈なスピードで放射線状に拡っていく現象と同じである。
爆心地である集団の中心は、大きな窪みができて、人間の姿形など微塵にも残らない惨状だ。
『自爆テロに巻き込まれたんだ!』
村木は悟った。
自爆テロに巻き込まれた経験がない限り、爆発の実態はわからない。
空間が静止する。
時間が静止する。
時空間が静止する。
星の誕生と死のドラマは爆発で始まり、爆発で終わる。
宇宙の誕生がビッグバンという大爆発で起こったのも、星の誕生も同じだ。
ホワイトホールが星の誕生の舞台装置なら、ブラックホールが星の死の舞台装置だ。
すべてのものが呑み込まれ、すべてのものが吐き出される。
モハマッドとエリザベスはブラックホールに呑み込まれてしまったのだろうか。
それを知る者は、人間にはいない。
嘗て、イエス・キリストがそれを知った。
嘗て、マンスール・アル・ヒラジがそれを知った。
『ああ、そうだったんだ!』
村木はその瞬間(とき)気がついたのだ。
『エリザベスの役目は、そうだったんだ!』
ほんの十数分の間の出来事が、二千年の時空を超えて、顕在化したのである。
『イエス・キリストが、十字架に架けられる前の3年間、インドからの帰路、イエーメンの首都サヌアに寄った理由がここにあったんだ!』