|
第六十五章 正気の狂気の沙汰 「村木、どうしたんだ?」 モハマッドが目の前で叫んでいる。 「エリザベスはどうしたんだ?」 村木は辺りを見回すと、ベッドの上に横たわっている自分がいる。 「ここは一体何処なんだ?」 少しずつ正気に戻るに連れ、自分を客観視できるようになっていった。 白昼夢とは、自己を客観視できない状態のことを言う。 正気とは、自己客観視の低い程度のことを言う。 狂気とは、自己客観視の完全な発揮状態を言う。 人間だけが潜在能力を完全に発揮できない理由がここにある。 人間の中でも、天才は潜在能力を完全に近い状態まで発揮できるから、天才と狂気は紙一重と言う。 それは、人間側の勝手な解釈だ。 自然の中の生きものは、すべて、天才であり、気狂いだ。 だから、潜在能力を完全に発揮できるのである。 いわゆる正気の人間とは一体何者なのだ。 だが、いわゆる正気の人間が世の中を闊歩している。 正気の人間が闊歩する世の中なら、何ゆえ、差別のような狂気の沙汰が罷り通るのだ。 正気の人間が闊歩する世の中なら、何ゆえ、不条理のような狂気の沙汰が罷り通るのだ。 正気の人間が闊歩する世の中なら、何ゆえ、戦争のような狂気の沙汰が罷り通るのだ。 正気と白昼夢の間を往来する中で、いわゆる狂気の沙汰が発生するのが実体なのだ。 本当の狂気と狂気の沙汰は正反対なのだ。 本当の狂気が本当の正気なのだ。 正気とは狂気の沙汰なのだ。 そうなら、人間社会の狂気の沙汰は腑に落ちる。 村木はいわゆる正気に戻った。 『そうか!白昼夢の中でエリザベスは現れたのか・・・いぃ!』 急に足下に痛みが走った。 「ホテルの前で自爆テロがあって、それで、あんたは怪我をして、病院に運ばれたんだ・・・」 モハマッドの説明で、事態がやっと呑み込めてきた。 『夢だったのか!』 足を怪我したにも拘わらず、エリザベスに少しでも出会うことができた余韻を、今でも楽しんでいる自分を客観視する村木だった。 |