|
第六十六章 自爆テロの歴史 自爆テロが流行しだしたのは、中東戦争以後のアラブ諸国からである。 1948年5月15日、イスラエル建国の翌日にナセルエジプト大統領率いるアラブ連合軍がイスラエルを奇襲攻撃した。 波状攻撃で一気に踏み潰すことができると読んだナセルだったが、イスラエルはそんなナセルの思惑を読み切り、戦いの準備を万端整えて待ち構えていた。 ナセル率いるアラブ連合軍は飛んで火に入る夏の虫だった。 イスラエルはアメリカの応援の下に情報戦を開始していたからだ。 アラブ連合軍15万に対し、イスラエル軍3万という圧倒的な差だったが、イスラエル軍のゲリラ戦が功を奏したと、その後の歴史は語るが、実態は情報戦の勝利だった。 第一次中東戦争で惨敗したアラブ連合はイスラエルを真似て戦法をゲリラ戦に変えたが、彼らの思惑通りにはいかない。 1956年の第二次中東戦争。 1967年の第三次中東戦争。 アラブ連合は悉くイスラエル軍に惨敗した。 アメリカはその当時、アジアでも戦争をはじめていた。 ベトナム戦争である。 ベトコンと呼ばれたゲリラがアメリカ軍を徹底的に苦しめていた。 メコンデルタという湿地帯では、ゲリラの方が正規軍より遥かに実戦能力がある。 アラブ連合軍が展開するゲリラ戦は、ナイルデルタという砂漠地帯で訓練を受けていた連中だけに、同じデルタでもメコンデルタとでは大きな違いがある。 第三次中東戦争まで惨敗を続けたアラブ側が、第四次中東戦争でやっと一矢を報いた。 それが自爆テロという新妙手だった。 だが、自爆テロは決して新しい手ではなかった。 太平洋戦争で日本軍がアメリカ海軍を相手に採った特攻隊戦術や人間魚雷が、元祖自爆テロだったのである。 そのことを彼らに教示したのが村木であった。 |