第六十九章  アンマンへの道

ヨルダンの首都アンマンはアラビア半島の喉仏に位置する。
聖書の時代からシルクロードを往来する隊商の出発点であるダマスカスと姉妹都市の関係にある町だ。
ダマスカスは今ではシリアの首都だが、古代ローマ帝国時代には、ローマに匹敵する大都市であり、商都として大発展していた。
アンマンはイエス・キリストが預言者ヨハネから洗礼を受けたバプテスマの池に隣接し、イスラエルの首都イエルサレムとダマスカスを結ぶ中継地に当たる。
ジェリコの遺跡もアンマンからさほど遠くない。
古代から中世に移行した最大の事件は古代ローマ帝国の崩壊であり、古代、中世と区分けされたのも、古代ローマ帝国に対して、中世の西ローマ帝国と東ローマ帝国、延いては神聖ローマ帝国へと引き継がれていった経緯を表現しているのだ。
中世のローマ帝国の国教になったのがキリスト教であり、その中心がローマ・バチカンである。
ローマ・バチカンの正式名は聖ピエトロ寺院だ。
イエス・キリストの十二人の弟子の一人ペテロの名を採っている。
“お前は、この男の知り合いか?”
イエス・キリストを逮捕したローマ軍がペテロに尋問した。
“わたしは、こんな男を知りません”と嘘をついてイエス・キリストを裏切った弟子がペテロだ。
イエス・キリストが十字架に架けられて死んだ後、悔いたペテロはイエルサレム教団を結成して、イエス・キリストの教えを広めた。
イエルサレム教団こそローマバチカンの前身のはずだ。
だからバチカンは聖ピエトロ寺院なのである。
ところが、本当のバチカンの前身は、ダマスカスの近隣の町アンティオキアでパウロによって結成されたアンティオキア教団である。
何故事実を歪曲するようなことが為されたのか。
その秘密がアンマンにあると言う。
パレスチナ人の故郷であるアンマンにその秘密があると言う。
イスラエル・パレスチナ問題の根源がその秘密の中に隠されていると言うのだ。
北イエーメンの首都サヌアからアラビア半島を北上するのは不可能だ。
海抜差2500メートルの断崖の上にある北イエーメンの首都サヌアから港町ホデイダまで下ってアラビア半島を北上するのは可能だが、サウジアラビアを通過するのは余りも危険な為、村木は紅海を渡ってエチオピアからアフリカ大陸を北上するルートをモハマッド・ハッサンに提案したのだ。