第七十二章  二人だけの旅

モハマッド・ハッサンと一緒に眺めているのはバープ・エル・マンデブ海峡だが、あの時、村木が眺めていたのはホルムズ海峡だった。
テヘランからおよそ150km北西に行った所にガズビンという町があったが、日本企業が当時のイラン政府の協力でガズビンに工業団地をつくることになった。
オートバイがイランで大流行したため、日本のオートバイメーカーは、ガズビンの工業団地にオートバイ工場を建設することになり、村木が勤務していた会社もオートバイメーカーの一つで、現地企業との合弁会社の代表として彼はイランに赴任した。
合弁会社の工場はガズビンにあったが、本社はテヘランにあったため、村木はテヘランに住むことになった。
社長のホセイン・ゴラブチと一緒にカスピ海沿岸のディーラーへ毎月集金に出向くのが彼の大事な仕事の一つで、アモールという町でエリザベスに出逢ったのである。
イラン革命が成立した年の2月21日、つまり、日本で言えば師走にあたる年の瀬に、イスファハンで村木はエリザベスに再会した。
村木は石油精製プラントの建築状況を調査するためにイスファハンからバンダールアバスまで行かなければならなかった。
事情を察したエリザベスは、村木の身を案じて一緒に行くと言い張ったのである。
村木がいくらイランに通じているとは言え、所詮、外国人である。
況してや、各地で暴動が頻発している中で外国人が移動するのは危険極まりない。
イスファハンからバンダールアバスの距離は1500kmあり、その間の道路は砂漠の中を通っている。
やっとの思いでバンダールアバスに辿り着いた二人は疲労の極致に達していた。
テヘランで予約しておいたシャー・アッバスホテルはバンダールアバスの海側に面して建っていた。
村木はその時のことを思い出していた。