第七十三章  二人のマンスール

「君はアラファト議長に会ったことがあるのかい?」
村木に質問されたモハマッド・ハッサンは首を横に振った。
「僕がイランにいた頃、聞いた話だが、アラファト議長は複数の影武者を駆使しているらしいよ・・・」
エリザベスとのことを追憶している中で思い出したのだ。
当時のイランは、パーレビ国王の独裁体制下にあった。
SAVAKという秘密警察を創設したパーレビ国王は、5000万人というイラン人口の5人に1人をSAVAKの犬に仕立てあげたのである。
パーレビ国王の非難中傷の一言でも発するイラン人がいれば、1時間以内に彼は永遠に行方知れずの身になった。
パーレビ国王が国外逃亡をして、イラン革命が成立した直後に、テヘラン郊外の丘に掘られた迷路のような洞穴から、無数の行方知れずになったイラン人の白骨死体が発見された。
「イランのパーレビも数人の影武者を抱えていたが、その時聞いたのが、リビアのカダフィー大佐とアラファト議長の影武者の話だった」
モハマッドはカダフィー大佐には会ったことがあるが、影武者の話など一度も聞いたことがない。
今でも軍のキャンプで生活するカダフィー大佐が影武者など抱えるはずがないと信じているだけに、聞き捨てできない村木の話だった。
「俺はカダフィー大佐に会ったことがあるが、あの方がそんな姑息なことをするわけがない!」
モハマッドはカダフィー大佐との邂逅劇を村木に話してみせた。
その中で、マンスール・アル・ヒラジの話題が出た。
「マンスール・アル・ヒラジ?」
村木が驚いたような口調でモハマッドに聞きなおした。
「マンスール・アル・ヒラジのこと知っているのか?」
イランでは、ムラー・マンスール・アル・ヒラジは、イスラム教の開祖ムハンマドより有名だ。
「あのムラー・マンスール・アル・ヒラジじゃないだろう?」
モハマッドは、聞き返す村木に対して怪訝そうな表情で頷いた。
村木の表情がみるみるうちに青ざめていった。