第七十六章  ハッシシ

ナイル川の源流は二本ある。
青ナイルと白ナイルの二本の源流がスーダンの首都ハルツームで合流して、一本の大ナイルとなってエジプトの首都カイロまで流れる。
カイロで再び二本のナイルに分かれて、アレキサンドリアとポートサイドに向かい、最後に地中海に流れ出る。
ナイルデルタとは、カイロを頂点にして、アレキサンドリアとポートサイドを底辺にした三角州にした巨大な平野である。
広大なエジプトの領土の中で砂漠でないのは、ナイルデルタだけである。
石油が一滴も出ないエジプトがアラブ連合の盟主になれたのもナイル川の恵みのお陰だ。
青ナイルの源流はウガンダのビクトリア湖だ。
ウガンダ、タンザニア、ケニア、エチオピア、スーダン、そして、最後にエジプトと辿る。
古代エジプト文明は一重にナイルの恵みのお陰である。
エチオピアからスーダンまで辿り着いた二人は、ナイル川に沿ってカイロに向かった。
帆船をチャーターしてナイル川を下るというわけだ。
「村木、今は3月だからハムシーンの季節だ・・・」
モハマッドは心配そうに村木に言った。
「砂嵐はエジプトではハムシーンと呼ばれているが、スーダンではハッシシと恐れられている・・・砂嵐のスケールが桁違いに大きいのがハッシシだ」
ハムシーンはサハラ砂漠の砂を主に運ぶ砂嵐であるのに対して、ハッシシは強烈な風が吹き荒れるハリケーンだ。
インド亜大陸に齎す熱帯モンスーンの原点がハッシシだ。
インド亜大陸に土砂降りの雨を何週間も降らした熱帯モンスーンは、更に、東に進み、6月に日本列島に雨季を齎す。
それが梅雨なのである。
日本の梅雨もスーダンの3月のハッシシが原点なのだ。
帆船でナイル川を下っていたのも、実はハッシシの風のお陰だった。
ハムシーンをカイロで経験した村木であったが、ハッシシを体験したことはない。
「モハマッド。君は経験あるのかい?」
「イラクのバスラで経験があるよ。あれはまさしくハムシーンではなく、ハッシシだった」
暗殺者を訓練するためにバスラに行った時のことだった。
『マンスール・アル・ヒラジがその正体を現わした時のことだ!』
モハマッドはあの時のことを決して忘れなかった。
その瞬間だった。
ナイル川の上空で突風が発生したのである。
ハッシシが発生したのだ。