第八十一章  蘇る記憶

モハマッドは叔父のカスティーヨとハンナのことを想い出すと、今まで想像もしなかったある想いが浮かび上がってきた。
『姉のアバスを殺したのは、ひょっとしたら・・・・』
モハマッドは以前から叔父のカスティーヨを疑ってはいたが、恋人だったハンナに疑惑の目をやることはしなかった。
「あの日以来、カイロは生まれ故郷ではなく、最も忌むべき町になっていたから、考えることすら避けてきた・・・」
その結果が、真実を知る機会を自ら捨てていたのだ。
傷ついた記憶が否応なしに浮かび上がってくる。
記憶は時間ではなく、まさしく、光景なのだ。
過去の記憶は、まさしく、過ぎ去った光景なのだ。
人は未来に想いを馳せ、過去を忘却しようとする。
その結果、山のように積み上げられた真実の光景を棒に振る。
何かに取り付かれたようなモハマッドの様子に村木は異様さを感じていたが、彼にもエリザベスのことでは同じ状況に陥ったことを理解していたから、しばらくそっとしておいた。
モハマッドは何かを必死で思い出しているようだった。
フンドック・ナイルヒルトンとフンドック・シェパードといったナイル川に面した古くて格調の高いホテルと違って、フンドック・アトラスは場末のホテルなのに、これらのホテルと対等なショーで人気を博しているのも、一重にアバスの人気のお陰である。
アラビア聖書展のホステスに選ばれたのも、彼女が単なる一ベリーダンサーではないことを物語っていた。
『アバスが危ない!』
モハマッドは必死になって走った。
ナイルの恵みがあるとはいえ、カイロの街の郊外は一面砂漠である。
街の中もほこりだらけである上に車の渋滞で、フンドック・アトラス周辺は一日中ほこりまみれの場所にある。
「バアアン!」
爆発の音がした。
しかし辺りは、噴煙で何が何だかわからない。
やっとホテルに着いた、モハマッドは叫びながら、中に走っていった。
『姉さん!』
狭いロビーは瓦礫の山となって、古いエレベーターは破壊されていた。
非常階段のドアーを開け、狭い階段を上がって行こうとしたが、上から逃げ降りて来る人間でいっぱいになった階段で立ち往生しているモハマッドに、一人の女性が話しかけてきた。
「アバスさまが、アバスさまが・・・」
噴煙で真っ黒になった顔で見分けがつかなったが、アバスのメイドのオブリだった。
「オブリ!姉さんはどうしたんだ?」
オブリは必死に声を絞り出そうとするのだが、声にならない。
「アバスさまの部屋から・・・」
モハマッドの顔が一瞬真っ青になった。
『やっぱり、姉さんが狙われたんだ!』
アバスが滞在している部屋は最上階の11階にある。
何とかして11階まで辿り着いたモハマッドが目にしたのは、スイートルームの1101号室のドアーが完全に破壊されている光景だった。
「ウウウウーン」
人のウメキ声がする。
「姉さん!」
大きな声で叫んでみた。
「モハマッド!」
アバスの声がした。
「姉さん!どこにいるんだ!」
スイートルームの一番奥の部屋から声がしてくる。
瓦礫の山の中をやっとの想いで奥まで辿り着いたモハマッドは、全身血だるまになっている姉のアバスの姿を見つけた。
「姉さん、大丈夫かい?」
声をかけてみたモハマッドだったが、彼女は既に息を引きとっていた。
彼女が最後に発した言葉が、「モハマッド!」だった。
怒りよりも、憎しみよりも、悲しみがモハマッドの心を覆うのだった。
「姉さん!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「モハマッド!」
村木の叫び声にモハマッドは目が覚めた。