綱引き

引っ張り 引っ張られ

その繰り返しが 綱引きだ

引っ張り 引っ張り なら すぐ終わる

引っ張られ 引っ張られ なら すぐ終わる

引っ張り 引っ張られ だから 綱引きになる

あなたは 時には 正しい

あなたは 時には 間違い

あなたが いつでも 正しいければ

綱引きにならない



あなたはこのままでいいと思っている

現実の中であえいでいるあなたは、思考の中では、何とか乗り超えなければならないと思って常に変貌を目指している。だが本当のところはそう思っていない。
このままでもいいと思っている。変えたいのは、本当は自分の回りなのです。
人間が変貌したいと思うのは、よほどの状況でないと思わない。
一般の人間はそこまで追い込まれることはめったにない。そこそこの線でいっていると内心思っている。変貌するところまで行っていない。
本当は変貌することをあなたは恐れているからです。
変貌に対する恐れは死に対する恐れと同じです。
今までやってきたこと、やってきた自分という古いものを捨てて、新しいものに変わることは、まさに死と同じです。
あなたは変貌を恐れている。
今あるあなたのままでいることがまず大事です。
あなたはいつも何かに執着している。その執着には対象がある。
執着のない状態を保つというときの執着は、あなたが対象です。
執着にもあなた自身の執着と外的執着とがある。
あなたが変貌を恐れるのはあなた自身の執着を消すことだからです。
この世には、悟りを開いた人もいれば、殺人を犯す人もいれば、人をだまして自己の利益のみしか考えないひともみな一緒にこの世の中に混在する。
違いはこの世ではない。この世に住むあなたの考え方が違うだけです。
この世界は誰に対しても同じです。あなたの道が違うだけです。
あなたの置かれている状態が違うだけです。世界は誰にも同じです。自分の状況を変えることが変貌です。すなわち世界は同じ、あなただけが変わる。外的なものは変わらない。
あなた自身が変わる。
ふつうは逆です。あなたは変わらない。状況を変えたい。状況が変わることであなたも変わる。しかしこれは変貌ではない。状況変化です。外的な問題です。
変貌は内的な問題です。
この内的変化を変貌といい、それを望む人を宗教的な人という。
外的変化をを変身・革命といい、そういう人を唯物的な人という。
ですから、共産主義者、社会主義者、マルキストはすぐ革命だという。
外的変化は他人との関りの中で起こるから、他人との関りから逃れることは出来ません。
逆に、内的変化は他人との関りから自由にならないと出来ません。
そして独りになれる。独りになってはじめてあなたは自由を獲得出来る。
人間のこれまでの争い、戦争、身内の争い、夫婦の争い、すべて原点は自由獲得のための争いです。ですがこの自由のための争いはしょせん何も得ることは出来ない。
原因が表面的なもので、本質的なものではないから。
本当の自由獲得は争いで得られるものではない。自分の束縛から自分を解放することです。独りになることです。それが変貌です。
だがあなたは独りになるのが恐い。
それは外的なものを重視しているからです。唯物主義とはまさにそのことです。
独りになることを恐れないと変貌の恐怖から解放される。
この世にいるのは自分独りです。