知性の朝焼け

骨の棒が 武器になった

これは 動物としての朝焼け

人間の本質を知ったとき

これは 人間としての 朝焼け

二千五百年前 に 人間の朝焼けがあった

それから 二千五百年

太陽が 沈む 夕焼けが迫ってきた

だが まだ 朝焼けの 名残がある

まだ ほんの少し



空の世界

これから説明することは釈迦が弟子たちに教えたもので、最もよく知られた空の理論です。
前半は主に肉体のメカニズムを奥深く理解することで心との相関性についてまとめ、後半は想像力(イマジネーション)の力が持つ創造性でまとめました。
何度も言いましたが、肉体を使うことはかなりの意志の強さが必要なだけに、だれか指導してくれる人が横にいて行ったほうが安全です。
イマジネーションを使うものは、自分ひとりでやる方が返って邪魔されずに出来る利点があるし、危険もない。
肉体のメカニズムの理解ではじまり、想像力の力を知ることは、フィロソフィーではなく、テクニック、科学です。
この教えは宗教ではない。科学です。釈迦は「神もない、精神もない、魂もない、あるのは空だけだ」と言いました。
それはいみじくも近代科学の先端をきる量子力学において証明されました。二千五百年前に釈迦が発見した理論は二千五百年を経て科学として証明されました。
あなたは、肉体が実体のあるものと思って毎日生きている。ですから肉体の死を恐れる。
肉体を構成している物質を見て行くと結局回りの空気との境界がなくなってしまう。その理由は前にも何回も説明しました。
そうすると、あなたの肉体とその回りにある空気との境界がないということは、あなたはいないということです。あなたという映像があなたの目と他人の目の交差点にある鏡に映っているだけです。映像は実体ではない。
あなたの体の中を顕微鏡で覗くように見ていくと、結局あなたの体の皮膚が回りの空気との壁になっており、その皮膚の細胞にまで入って行くと境界はなくなって、あなたは空気と一体になる。
そこで「自分はどこにいる?」と聞いたら「自分て、わたして、何?」と質問が帰ってきます。それが空です。
たとえばあなたは会社に勤めていて仕事をしている。それ以外には家でいる。その間を移動している。食事をしている。常に何かをしている。
そのしているあなたは、どこにいるのでしょうか。
会社で仕事をしているとき、あなたは会社にいるのでしょうか。
家で眠っているとき夢を見ている。そのときあなたはどこにいるのでしょうか。ベッドの中にいますか。いないでしょう。夢の景色の中にいるのですか。
あなたはどこにもいない。だけどどこにでもいる。
空であり遍在です。これが至福の状態です。
どこが問題でもなければ、だれが問題でもない。
現在がすべての問題の答えです。
それなのに、あなたはもだえ苦しんでいる。
現在が答えなのに、未来に答えを出そうとしている。結果という答えを。
現在が答えなのに、過去に答えを出してしまっている。原因という答えを。
だから、今苦しいのです。
いや、逆です。あなたは今苦しむから、今を楽しめないから、今を逃しているから、未来か過去に行くしかない。だが未来はまだ来ないし、過去はもう過ぎ去ってしまって戻っては来ないのに、それを今どうにかしようと思っている。これは不可能です。こんなことを続けていたら、疲れ果てて結局あなたはギブアップです。
ですから、まずあなたの中を空にして、今現在のあるがままの状態を楽しむことです。
それをすぐに24時間することはむずかしいから、一日一時間でいいからその状態に入れる時間を持つことです。
注意することは、一日一時間、あなたは自分独りで楽しむ世界を持ったとしても、残りの23時間何かしている世界の一部と考えてはおしまいです。せっかくの一時間が残りの23時間で相殺されてしまう。この一時間だけは、まったく別の世界の生活スタイルとして独立させておかなければならない。
そうすれば、あなたは独り至福の世界に浸ることが出来、やがて23時間の世界も至福の世界へ引き込まれて行く。
色即是空・空即是色です。