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狂気 あなたは まとも? それとも おかしい? ほんとうのところ あなたは おかしい ちょっと 鏡で 自分の顔を 見れば すぐ分かる 口が 曲がって いないかね 口の曲がりは 心の曲がりの バロメータ 目は きょろきょろして いないかね きょろ目は 心の恐れの バロメータ 曲がり口できょろ目なら 顔は歪む それが 狂気の顔 さあ 鏡を見てごらん 間違いなく あなたは 狂気の顔 きょろ目の曲がり口 そういえば、世間で立派といわれる人 みんな 曲がり口 きょろ目の 狂気の顔 そりやあー そうだ 世間が 喜ぶことは 見世物だ きょろ目の曲がり口になれば 立派な見世物だ それが まとも? それとも おかしい? 瞑 目を完全に閉じるということを瞑と書きます。 ふつう、目を閉じても、頭脳には思考がある。ハートにはフィーリング(イメージ)があります。 だから、眠っている時でも夢を見る。 それは、目を閉じても、目は動いているからです。ただ目を閉じた状態で、目が動いていると、時空の世界の時間と空間のマトリックスがばらばらになる。いわゆる幻想状態です。夢は一種の幻想です。気の狂った人は目を開けていても、幻想状態です。 だから、ふつうの人と気の狂った人との違いは、夢(幻想状態)を見ている時間の程度の違いだけです。しかも、基本的には、ふつうの人も一日(四六時中)夢を見ている。ただ認識していないだけです。 だから、ふつうの人も気の狂った人もずうっと夢を見ているということ。ただふつうの人は眠っているときだけ夢を見ていると思っている。 気の狂っている人は夢と現実との区別が出来ないから夢(幻想)が一日中続いている。しかし両者とも夢を見ていることさえ認識していない。 だからノーマルな人と気が狂っている人とのあいだにあまり違いがないことに気づくことが大事です。 意識している(醒めている)か、そうでないかの違いの方が重要です。気が狂っているか、狂っていないかの差はあまり重要ではない。白いスクリーンで映画(夢)を見ているのがふつうの人で、白いスクリーンがあるのに、段幕が上がらずに、段幕に映っている映画(夢)を見ている人が狂っているという、それだけの違いです。 だから、意識してない(醒めていない)人はみんな、気が狂っているということです。 ふつうの人がおかしい状態になると、気が狂ったという程度の差です。 意識してないのに、自分はまともだと、ほとんどの人が思っている。意識してない、そのことが異常だということを理解していない。では意識するにはどうしたらいいか。 それが瞑です。瞑は目を閉じるでだけではなく、目の動きも止めることです。 ふつう、目を動かすのは、外の世界を見るためです。動かすのを止めると、内なる世界に向かう。 だから、先ず目を閉じる、そして、目の動きを止める、そうすると、自動的に内から自分の肉体を見る。 たとえばあなたの家を家の外から見た場合と、家の中から見た場合とではどう違うでしょうか。 あなたがふだん自分の肉体を見ているのは、外からです。鏡に映った自分の肉体全体を見たり、自分の手や足という部分を鏡で見ている。 同じようにあなたはいつも、自分の家を外から見ている。外からでは、中に何があるか分からない。自分の家だから入っていけばいいのに、外から見ているだけです。 一度、中に入って中から見たら、内側の壁だけでなく、絵や、テレビや、家具や、今まで見たことの無いものが、自分のものだったことをはじめて知る。 自分の可能性がもっと沢山あったことに気がつく。 ふつう、人間の持つ能力のうち発揮されている分は二割にも達してないといわれています。 アインシユタインでも27%だそうです。八割の潜在能力が隠れている、自分の家に。 だから、目を閉じ、動きを止め、瞑の状態(瞑想というが、本当は瞑だけです。想が入ると目が動く)にすると、自然に内から自分の家(肉体)を見るようになる。 そうすると、次に無限の能力を自分に注いでくれている宇宙のエネルギーを感じるようになる。そうなったら偉大な自分があなたの前に現れる。 |